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花でもなく、宝石でもない献上姫は

人々の注目を一身に浴び、王に手招きされた人物が玉座のあるところまで登っていく。高いところに設置された玉座に辿り付き、王が差し伸べた手に手を重ねたのはシンプルで飾り気のないドレスに身を包んだ背の高い人物だった。


王に『友人』と称された、友好国から来ていた外交官たちは王太子が女性だとは思っていなかったらしく、たいそう驚いている。


「さぁ、まずは顔を見せて挨拶をしなさい」

「はい」


彼女が王に並んだのと少し遅れて、王太子と同じくベールで顔を覆ったこの国の近衛騎士の制服をまとった華奢な人物が二人の斜め後ろに立つ。護衛であろう騎士が主と共に壇上に上がるのは珍しくはないが、ずいぶん目立つところに立ったことと、何故ベールをかぶっているのかという疑問は皆の頭には浮かばない。

それよりも、長く空席になっていた王太子の地位に誰が座るのかということの方が、人々の興味を引いていた。


それぞれがあらかじめ決めていた位置に立ったのを確認した王がそう促せば、若々しい張りのある凛々しい声で王太子は一つ頷いてベールに手をかけた。

緻密に編み込まれた美しいベールを上げたそこにあったのは、年若い娘の凛々しいかんばせだった。うっすらと施された化粧と、ほんのり色を乗せた唇が初々しい印象を与える彼女は、確かに王同様に決して目立つような容貌はしていない。髪の色はごくありふれた薄茶色であり、瞳の色は新芽のような柔らかな緑色をしている。宝飾品もないシンプルなドレスでは着飾った周囲よりも見劣りしてしまうような、そんな年若い娘であった。


「ただいま紹介に与りました、エルフレッドと申します」


しかし彼女は、大衆に埋もれてしまうような娘では決してなかった。


スッと伸びた背筋といい、静かとはいえたった一言を大ホールに響かせるほどよい声の大きさといい、多くの人々からの視線を物ともせず、動揺も見せない佇まいといい、かなり場慣れした雰囲気である。


さすが王が決めた後継者であると、その立ち振る舞いから早くも王太子だと彼女を認める者がいる一方、まさか彼女が後宮で囲われていた寵妃なのではないかと、勘繰る意地の悪い者も中にはいた。

しかし、その想像も範疇内だったらしい王は朗らかに笑いながら自分からも王太子のことを紹介する。


「確かにこの子は今まで後宮にいたが…それも仕方がない。後宮というものは妃たちだけではなく、彼女たちが生んだ我が子を守るための揺り籠でもあるのだからな」


どういうことだと人々が訝しがっていると、それを代表するかのような声が前方の方から上がった。


「それはつまり、王太子殿下というのは」


前方…つまり、玉座からほどよい距離にいた彼は、娶ってからそう経っていない奥方に寄り添ったまま問い掛ける。最近、この国に宣戦布告をしたという噂が流れている帝国からの使者である彼は、両国の変わらない友好関係を表すかのようにかなり玉座に近い位置だったのだが、一介の貴族程度が王の言葉に声を上げることは不敬であった。

それを理解している奥方は、夫の腕に手を掛けた状態のまま藍玉アクアマリンのような瞳を大きく見開いて真っ青なまま硬直している。気丈にも立っているところは称賛に値するが、残念ながら夫の腕がなければ倒れこんでしまっているだろう。


「はい。私は後宮の主である王妃の娘でございます」


それに比べてこの王太子は、まったく公の場に姿を見せなかったにもかかわらず、堂々と他国の代表から投げかけられた言葉に言葉を返す。ゆったりとした言葉遣いは、とても聞いていて聞き取りやすかった。そして、王の言葉を遮る不躾な使者の問い掛けに平然と答える寛容さが懐の大きさを示している。


人々は王太子の言葉に、今は亡き王妃のことを思い出した。

彼らの記憶にあるのは穏やかで、柔らかい雰囲気を持つ優しい王妃の姿だった。貴族ではあったが、身分が低い彼女は着飾ることはあまりせずシンプルで化粧もあまりしない、そのせいで地味な容姿が余計に目立たなくなるような女性であったが、確かにいわれてみれば地味な装いといい王太子と似ているようにも思える。


「母を殺めた者共を全て捕らえられたので、こうして皆様のお目にかかる機会を作って頂きました」


王妃が毒殺されたのは、王太子の年齢を考えれば彼女がかなり幼い時分のことだった。記憶に微かに残る母の姿を思い出しているのか、王太子は目を伏せる。その姿は、彼女の悲しみと寂しさに彩られていた。


王妃暗殺の首謀者が実は、今まで後宮で権力を振るっていた第一側室の親族であり、後宮のほとんどの側室の一族が関わっていたということが取り沙汰されたのは記憶に新しい。

側室たち自身は関わっていなかったらしいのだが、一族が行ったことは到底許されることではない。当時、あっさりと毒を盛った犯人が自身も毒を含んで変わり果てた姿で見付かったことから、緻密に計画を練っていたことがわかり、酌量の余地なしと一族はとり潰され、側室たちは修道院で残りの人生を過ごすことが決まっている。


「あわや妻だけでなく子共々失い掛けたが、こうして皆の目に触れる機会が作れて私もうれしく思う」

「お父様…」


公式には王妃とおなかの中にいた子どもは、共に亡くなったことになっていた。

もしかしたら、そのときすでに実行犯とは別に黒幕がいると見抜いていた王が隠したのではないかと国民の脳裏にそんな考えが浮かんだ。わざわざ黒幕の一族出身である側室たちがいる後宮に隠していたのは、決定打がなかったのと王が会いに行っても不自然ではない場所であり、まさかこんな身近に隠しているとは思わないだろうということだったのかもしれない。


王妃を知る者は遺児である王太子の姿に彼女の面影を見出して涙ぐみ、知らぬ者は彼女を襲った不幸に沈痛な面持ちになる。王と隠されていた娘がこうして労わるように微笑み合っているのも、一役買っているからもあるだろう。

だから、誰かが打ちはじめた拍手が全体に全体に広がるのが意外に早かったのも何ら不思議ではなかった。


「ありがとう。…さて、我が娘を王太子とする喜ばしい日に、もう一つ共に喜びを分かち合いたいと思う。前へ」

「はい」


拍手の余韻が残る大ホールに、新たな声。

王が手で拍手を止めた後に前に進み出したのは、先程まで王太子の後ろに控えていた近衛騎士である。公の場に着用する騎士の正装と儀典用の剣を佩いた姿はまだ若いのか、ひどく華奢に見える。筋肉隆々な騎士しか知らない者は、王族の近くに侍る近衛騎士のその華奢さに心配そうな面持ちになるが、すぐにそんな心配よりも驚きの方が上回ることとなった。


護衛として立っていた場所から前に出た近衛騎士は、呼んだ王の前でも横でもなく、王太子を挟んだ反対側に場所に立つ。王太子の隣に並び、腕が触れ合うような近い場所に立った近衛騎士はベールを剥ぎ取る。

玉座の下でそれを見ていた人々は、ベールの下から現れた顔に感嘆の溜息を吐いた。


黒曜石を砕いて糸に紡ぎ直したかのような艶やかな漆黒の髪、涼やかな印象の目には輝く黒曜石。ゆがみのないアーチを描く眉と、スッと通った鼻筋と、血色の良い薄い唇が卵型の輪郭に完璧な形に配置されていた。瞬きするとこちらにまで音が聞こえそうな長いまつ毛に縁どられた瞳が、ホールに立ってその大輪の薔薇のような美貌に声をなくす人々を静かに映していた。


「余計な権力争いを避けるために姓は伏せるが、彼の名はフー。王太子である我が娘の婚約者である!」


シルクのリボンでまとめた緩やかにうねる黒髪を揺らして首を巡らせた、たった今紹介されたばかりの近衛騎士…いや、王太子の婚約者はにこやかに微笑んだ。


「フウ、と申します」


王が紹介したときとじゃっかん名の響きが違うと、聴き慣れないやたらと短い名前だと、気にする者はまったくいなかった。人々はただただその美貌に見惚れ、美しい笑みを浮かべる麗人を見上げるばかりである。


「王太子となった娘と、いずれその伴侶に迎える若者を皆、祝福してくれ!!」


憑りつかれたかのように王太子の婚約者に魅入っていた人々は、王の言葉に我に返ると慌てて手を打ち鳴らしはじめた。


王太子の誕生と婚約者の発表と、喜ばしいことだ。喜ばしいことが続いて自然と笑顔になる人々の中には狡猾な政治家もいたはずだったが、王太子に自分の縁者を宛がって自在に政を動かそうなどと考える者は不思議といなかった。

ただ、中には婚約者にもベールをかぶせ、紹介を後にしたこの順番でよかったと他人事ながらホッとした者もいる。そうでなければ、壇上に婚約者が立った瞬間から、人々の目が自然とそちらに向いて王や王太子のことなど忘れてしまっていたと思ったからだった。


大国の王太子とその婚約者の発表という喜ばしい席。王が二人を連れて要人たちに挨拶をしているのを目指して、小さな影が色鮮やかな人々の間を縫って進んでいる。

人垣に隠れていた王家の方々が微かに見えるところになって、小柄なメイドが注意を引こうと口を開けた瞬間に背後から音もなく忍び寄って来ていた者が大きな手でそれを塞いだ。

突然自分を襲った凶行に、メイドは思わず自由な両手足をバタつかせて抵抗をする。中身が見えるほど大きく振り回した足が当たったのか、それとも引っ掻いてやった手が痛かったのかはわからない。

わからないが、口を塞いでいた手は離れてメイドは大きく息を吐くことが出来た。


「プハッ!離しなさい、宰相!わたくしは、お姉様と親友に会いに行くのです!」


「『親友』と『お姉様』…はて?」


口から手を離したが、代わりに両腕を拘束していたのはメイドが思っていた通りの人物だった。肩越しに振り返ったメイドを、冷ややか目で見下ろしてくるのは小国の宰相であった壮年の男だ。彼は甲高い声で叫ぶメイドの言葉に覚えがないのか、怪訝そうである。


「とぼけるのはおやめなさい!どう見ても、王太子とその婚約者として発表された二人はわたくしの双子の姉・エルと王城に迷い込んでいたのを保護していた異邦の娘で、姫であるわたくしの慈悲で親友の位置に置いてあげたアリスという娘でしょう!母国を捨て、婚約者をわたくしに押し付けたお姉様が、どうしてこんな大国の、しかも王太子などといわれているの!反乱の折に行方を晦ましていたアリスが何故、ここにいるのよ!そもそもアリスはおんな」

「口を慎まれてはいかがでしょう」


馬鹿なことをまるで真実のように語るメイドに、宰相であった男は目と同様に冷ややかな声で遮った。


「王太子の発表の場で、このような妙なことを騒ぎ立てるなど何をお考えなのですか」

「わたくしは、騙されている王をお助けしようと声を上げたのです」


メイドの目は真剣そのもので、自分の語る言葉が真実だと本気で信じているようである。周囲の人々は漏れ聞こえて来る不遜な話に、眉を顰めて遠巻きに二人の様子を見ていた。


「それは王を、私の父を愚弄しているということですか?」


「エルフレッド殿下」


騒ぎに気付いてやって来たのは、自国の貴族たちと話していた王太子だった。後ろには近衛騎士の制服が凛々しい婚約者と、二人を見守るように更に後ろからやって来る父王。


「お姉様、何をいっているの!わたくしたちのお父様はたった一人しかいないでしょう!?」


「えぇ、そうですね。ここにいらっしゃるのが、たった一人の私の父です」

「お姉様!!」


メイドの鋭い声に、王太子の前に立とうとした婚約者だったが、当の彼女に手だけで制止させられて仕方なく後ろで大人しくすることにしたらしい。ただ、メイドが変な行動をこれ以上取らないよう、警戒だけは緩めない。


ピリピリとした緊張感の中、自国の騎士を呼ぶように指示を出していた大臣は、後ろ手に拘束したメイドをそのままに、深く頭を下げて謝罪するしかなかった。


「申し訳ございません。この者は空想癖がありまして辺境の地にて療養させていたのですが、どうもそこから逃げ出して来ただけでなく、我々の一行に紛れ込んでいたようでして」

「それは災難でしたね」

「えぇ、こうして自分は姫なのだと吹聴して回るので、手がかかるのです」


冷ややかに見下ろす大臣に何やら文句をいおうと口を開こうとしたメイドだったが、その口に気を利かせた誰かが差し出して来たハンカチーフが食い込まされる。猿轡代わりとなったハンカチーフを食いちぎらんばかりに噛み締めたメイドは、もごもごと叫んでいたが見苦しい姿を視線に収めた人々も大臣と同じくらいに冷たい視線で彼女を射抜いた。


「貴殿の国は確か、つい最近まで王政でしたからね。王女に憧れる気持ちもわかりますよ。キラキラしたものに囲まれて、『花のようだと』讃美を受けて、優しい両親や使用人たち、恋人に甘やかされる甘い甘い夢ならば何も考えずにずっと浸かっていたいという気持ちも、ね」


王の娘と名乗ることも身の危険から出来ず、ずっと隠されていた王太子は、そういって寂し気に笑う。父王がいたとはいえ、彼も敵を欺きながら政を行わなくてはならず、常に傍にいたわけではないはずだ。だからきっと、不遇な幼少期を送って来たのだろう。その寂し気な微笑が、彼女の心を物語っていた。

王を崇拝する国民たちは王太子の過去を想像して悲しく思いながらも、突然乱入してわけのわからないことを喚き立ててこの場を乱した他国のメイドを睨み付ける。


その視線の鋭さに怯むメイドは、双子と名乗った割にはまったく似ていない顔をゆがめていた。

元はきっと小さな花のように可憐であっただろうその顔立ちは、心の病のせいかそれとも病のせいで手入れを怠っていたからか、とても『姫』とはいい難い状態であった。

髪は櫛を通していないのかくしゃくしゃで艶もなく、適当にまとめたのか零れ落ちた髪が無残だったし、眉は描いていないのか短く、白粉の色はあっていないため顔が浮いてしまっているし、口紅は赤過ぎてまるで血を吸って来たかのよう。制服もきちんと管理していないのか、しわだらけでとても貴人の前に立てる格好ではない。国の代表としてやって来た元宰相にして、民主制に変わったため『大臣』と呼び名を改めた壮年の男が隠そうとするのも無理はないと一部の人々は同情的に見ていた。


王太子も、大臣に同情を寄せる一人らしい。眉を下げた彼女は同情的な眼差しで友好国の大臣を見ていた。


「確かかつて、貴殿の国には双子の姫がいたと伺いましたが」

「はい、確かに我が国には双子の姫君がいらっしゃいました。しかし、妹姫は王族の務めを放棄して国王と王妃と共に国民の血税を浪費ばかりしてついには新政府の者たちに囚われ、幽閉されました。帝国との縁を結ぶために嫁がれた双子の姉君はそのことを憂いて皇妃の座を返還、離宮にてひっそりと隠れるように暮らしているそうです」


「その姉姫様は、可哀想ですね」


制止させられたとはいえ、黙って王太子の後ろで剣に手を掛けていた婚約者が脅威ではないとわかったのか会話に入って来る。


「ところで、私はどのようにして男だと証明すればいいのでしょうか?さすがにこの場で脱ぐわけにも参りませんし」

「フー!?」


おどけたように笑う婚約者は、初々しくも真っ赤になった王太子の手を引っ張って自身の胸へと抱き寄せる。それなりの勢いで飛び込んで来た王太子を難なく抱き留めた姿は、華奢な見た目に反して力強い。


「そうであるな。ならば、世継ぎを作れば国民たちも納得するだろう」

「ち、おおお父様まで!!」


婚約者の胸板に両手を置いて、何とか頬が付かないように苦心して距離を開けようと足掻く王太子は照れているのだろう。結い上げているためにむき出しになっているうなじまで、今は真っ赤に染まっていた。

それを見下ろしている婚約者は甘さを含む愛おし気な目で、父である王は穏やかで優しい目でそれぞれ慌てている王太子を見詰めている。


先程までの騒ぎのことも忘れてそれを見た国民も、友好国から来た使者たちも微笑ましそうにその光景を見守っていた。

この大国も、後継者といずれその伴侶となる相手を迎えてますます発展していくだろうと思いを馳せつつ。


ひっそりとメイドを連れて退場した小国の大臣のことには気付かず、穏やかな雰囲気のまま別の友好国の使者と話しはじめる王家一家が見えるところで足を止めた伯爵は、自分の腕に手を置いている妻を見下ろして問い掛ける。


「あのお二人のことを、どう思いますか?」


問い掛けられた妻は、王太子とその婚約者を見つつ仮初の夫に答える。


「お似合いの二人ではありませんの?」


婚約者として登場した、磨き抜かれた黒曜石のような髪と瞳を持つ美貌の少年を見たときには女性と思って驚いたが、その程度である。

王太子にいたっては、左程感想はない。道端にころがっているただの石ころのように地味ではあるが、父王と婚約者、そして国民にとってはまだ磨かれていない原石なのかもしれないとひっそり思ったくらいだ。


何人もこの国の王に娘がいたのであれば、王太子ではなく姫として異母兄の元に嫁いで来ることもあったかもしれないが、相手は唯一の王位継承者であり王太子である。

それに、あのような地味な娘では異母兄の持つ後宮では捨て置かれるのが関の山だろう。先程のメイドが騙った小国の姫の姉もまた、両親と妹が仕出かしたことで隠居する前から伯爵夫人の頭にはどのような顔立ちをしていたかもはや記憶にない。確かに皇妃となるべくして嫁いで来たのだが、自分がいなくなって邪魔をする者がなくても公の場に異母兄が共に連れて出ることはなかった。ただ、剣の腕が立つという触れ込みだけの地味な女だったことだけは、覚えている。


まぁ、どのみち顔など覚えてはいられないだろう。伯爵夫人は、愛している男性ひとの今を思い出して暗く沈んだ、乾いた笑みしか浮かべられなかった。


皇女だった自分を伯爵家に捨てるかのように嫁がせ、代わりに皇妃にと思って寵愛していた女性が実は他の男たちを侍らせて逢瀬を楽しんでいたことを知ってから変わってしまったのだ。

まるで小さな後宮の主のように振る舞っていた女と、その女に侍って愛を囁いていた有能であったり上級貴族の子息であったりした男たちを追放した皇帝は、自身もとっかえひっかえ女を変えては色事に耽るようになっていった。

仮初の夫と、その周囲の人々が支えてくれているおかげでなんとか政に支障は出ていないが、後宮は『妃』と呼ばれる女であふれ、それを維持するための費用が嵩んでいるのが現状だ。


資金繰りのことは皇女でもない自分にとってはどうでもいいが、皇帝がとっかえひっかえするから『寵妃』がすぐに変わってしまうために顔が覚えられない。異母兄の子を産んだら自分にとって『義姉』となるわけだが、今皇帝の寵愛を受けている妃は誰だっただろうか…。すばらしい記憶力を持って政に参加していたはずの伯爵夫人ですら思い出せずに、首を傾げて仮初の夫を見上げる。


彼は何もいわずに妻を見下ろし、その表情から何かを読み取ろうとしばらく黙っていた。そして、彼の中でそれが見付かったのか、一つ頷いた伯爵は夫人曰く『気味の悪い』笑みを浮かべてうれしそうに腕を掴む妻の華奢な手に、自分の手を重ねるのだった。

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