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足掻くの?皇女様

※近親相姦(異母兄妹)と取れる部分があります。注意!

「今日は気分が良いの」


短い夏を謳歌する帝国の、最も高貴な者たちを内に抱える城の最も地上から遠い部屋。長い冬も凍えることなく、優雅に過ごせるように設備された部屋の中で、まるでこれから夜会に挑むかの如く隙のない完璧な装いの少女がいた。宝石と金属で作られた精密な人形のような容貌の彼女は、唇を釣り上げて艶然と微笑んでいる。


彼女はこの多くの小国を飲み込んだ帝国の、現皇帝の異母妹である。まだ成人を迎えるに至っていない彼女は、こうして異母兄が暮らす場所の横に部屋を与えられて生活をし、ときには政を助け、ときには権力を欲する魍魎がはこびる煩わしい夜会でのパートナーを務めている。立ち振る舞いは皇族らしく優雅で、会話を重ねればその博識さに驚かされ、人を立てることを忘れず、しかし見下そうとする者には容赦をしない。そんな存在として、この帝国内の女性の最も高い地位に就いていた。


代わりと言ってはなんだが、盟国のある小国から送られて来た『花嫁』という名の道具が、姫の唯一天より与えられなかった剣の腕前を持っているが、異母兄あにはそれしか取り柄のない『花嫁』をこき下ろしていたため、姫君は特に自分に必要な才能だとは思っていない。


いつでも皇帝の役に立てるように傍に侍り、当の異母兄あにもまたそんな異母妹いもうとを信頼と親愛とを持って重用している。それもそうだ、皇帝には敵が多い。昨日まで忠臣として侍っていた者が、明日にでも敵になることがざらにある、そんな悲しい地位についているのだ。どんな理由も地位も性別すら区別を付けずに、刃向かう者にはかならず裁きを下すその『血の通っていない鋼鉄の皇帝』と揶揄されるほどに苛烈な異母兄あにが、やすらいだ気持ちを抱きつつ、本当の意味で信じられる者は血の半分しかつながっていない異母妹いもうとだけなのである。

かつては多くいた兄弟姉妹は今はなく、父であった前皇帝は崩御し、異母兄の母である王妃も姫の母である側妃も、後宮で寵を競っていた妃たちもいない中、たった二人で生きて来たのだ。これからもそれは変わらないと、姫は信じてこれまでより一層、公務に力を入れるつもりである。


しかし。


変化が訪れたのは、姫の成人の義が近付いて来たあくる日だった。

皇帝の異母妹という地位を持つ、年々美しくなる宝石に輝く美貌の姫に降ってわいた婚姻の打診。帝国と領土を二分するといわれる、大国の王から来た話である。表向きは両国の絆を深めるための婚姻なのだが、どうもきな臭いと聡明な姫君は思っていた。


姫は政を手伝うに当たり、異母兄とは別の情報網を作っている。そこからの情報によれば、大国の王は後宮を持ち、そこには卑怯な手を使って滅ぼした数々の国から奪われて来た女たちの牢獄になっていて、日々彼女たちの悲鳴が絶えない場所だという。更に、地獄のような後宮には置かず、姫のような才もないのに政をする場に連れて来るような寵妃もいるようなのだ。

例え一回り以上も年が離れていようが、節制も出来ないたるんだ身体をしていようが、ニンゲンというより豚に近い顔立ちでいようが、姫は皇女に生まれた以上は異母兄のために誰に嫁いでもいいと思っていた。そして、夫と共に異母兄を助けるために政をすると胸に誓っていたのに、まさか色狂いが相手になるとは夢にも思っていなかったのだ。

政に関われるだけの能力もないのに王からの寵愛を度を測るためか、図々しくも政治の場にまで侍る恥知らずな寵妃を叱責もせず、好き勝手な振る舞いを許す王。自分の夫に相応しいとは、姫には到底思えない相手である。


憤りを抱えていた姫だったが、同じ気持ちを抱えていたのはやはり異母兄である皇帝だった。本来であれば、臣下に命令をするかの如く感情を殺して冷ややかに姫に嫁ぐように命を下さなければならないのだ。帝国も無視出来ないほどに巨大な領土を持つ大国なのだ、ここで亀裂を入れるのは愚行である。ひとたび両国の間で戦争でも起こったならば、どれほどの血が流れ、どれほど多くの国々を巻き込むかわかったものではない。

それなのに、皇帝は異母兄あにであることを優先し、異母妹いもうとのために怒りも露わにしてくれたのだ。大国の王から贈られて来た身体のラインを露わにするリボンもフリルもないいやらしいドレスよりも、姫の瞳と同じ色の大粒の藍玉アクアマリンのネックレスよりもずっと少女にはそのことがうれしかった。


そして美しい異母妹を『和平のため』などという言葉で飾り立て、自身から奪おうとする色狂いの大国の王へ堂々と宣戦布告をしたのだ。そして、今まで隠してきた秘密をさらけ出して異母妹の前へと跪いた。


曰く、姫の母である側妃には婚約者がいたこと。

曰く、彼女の美しさと聡明さに惹かれ、前皇帝が婚約者から奪取したこと。

曰く、無理矢理奪われ絶望した側妃となった彼女の腹に、新しい生命が宿っていたこと。

曰く、その子どもの父親は前皇帝ではなく、彼女が愛した婚約者だったこと。

曰く、そのことは側妃と彼女の腹心の侍女しか知らない事実だということ。


驚きのあまり、普段は見せない無防備な顔を見せてしまっている姫に向かって、皇帝は更に続ける。これは皇帝が長年胸に秘めていたことであり、そして告白であった。


その秘密を唯一知っているのは自分だけだということ。

そして、それを知って安堵したこと。

安堵したのは、血のつながった妹に邪な感情を向けていなかったという安心からきたこと。

美しく聡明で謙虚で努力家で、それだけではなくて気が強そうに見えて本当は繊細で甘えたがりで可愛らしく、鉄血と呼ばれ恐れられる自分にいつも寄り添ってくれている優しい女性ひとを愛してしまっていたこと。

たった二人の家族でいればいいと思っていたのに、奪われると思ったら恐ろしくなり、墓場まで持っていかなければならない秘密を告げてしまったこと。

ただの異母兄あにとしか思われていないのに、そんな気持ちを告げてしまう弱い自分のこと。


そこにいたのは、鉄血と呼ばれ普段は截然と言葉を並べる皇帝の姿はなく、不器用に言葉を重ねるだけの一人の男がいるだけだった。自分と同じと思っていた、藍玉のような瞳をまじまじと見詰め、じわじわと彼の言葉を理解し出した姫はたった一人の愛する人に抱き着いて、自分の思いの丈をその華奢な身体と共にぶつける。


自分もずっと、異母兄あにだと思っていた頃から愛していたと。


それからは些末だが、問題が少々起こった。まず、大臣たちと政略結婚のために贈られて来た『花嫁』がうるさかった。大臣たちは独身の者は自分が、年頃の娘か息子がいる者は皇妃か姫の伴侶に選ばれると思っていたのに思惑が外れたからだろう。戦争が起こった際の被害や軍事に関わる出費という尤もらしいことを並べていたが、聡明な姫には大臣の腹の内がわかっていた。

だから、大臣の中で最も信の厚い者に自分の養父になる誉を与えるという取引を持ち出して、それを封じ込めた。実父である母の元婚約者の生家は嫉妬に狂った前皇帝に潰されていたためであり、皇帝に嫁ぐに当たって自分に相応しい後ろ盾がほしかったからだ。皇帝はあまり後ろ盾は気にしていなかったが、これも愛する人を守るために必要なことだと、健気な姫は考えている。

そして、次の問題であった国民へ皇帝との婚約を伝えるための問題を片付けるために役立つという面も持っていた。そもそも、姫は皇帝の異母妹として政に関わり、国民に顔を知られている。それを払拭するために、権力ちからある実家が必要でもあったのだ。

騒がしい『花嫁』がいつの間にか静かになっていたことなど、忙しく頭を動かし行動する姫には気に留める価値のないことである。


「わたくし自ら、お前を牢から出してこうして説明してあげているのよ。こんな名誉なことがあると思って?」


どこか遠くから来たらしい娘のために、どれほどすばらしい皇帝かを語っていた姫は相手の反応の薄さに柳眉を上げた。本来であれば、泣いて跪いてこの幸運をよろこんでもいいはずなのに、娘の反応はまったくない。姫の横に並んでも遜色がない美しい顔には、笑みらしいものも浮かんではいなかった。


「ねぇ、お姫様。もし、理不尽なことを皇帝に強いられるとしたら、あなたは足掻くの?」


しかし、疑問だけは浮かんだのか、姫の許しもなく口を開く無作法を犯す。その礼儀の知らない娘に態度に腹は立つが、寛容な姫は無作法にも目を瞑ることにした。

彼女はそのままアクセサリーに使われてもおかしくない、まじりっけのない美しいプラチナの長い髪をふわりと背に払いのけて笑みを深める。


「足掻くなんて、みじめなことをするわけがないでしょう。そんなこと、皇妃に選ばれたわたくしには必要ないものだわ」

「つまり、皇帝に選ばれた特別なあなたは、どんなことでも何もせず受け入れるということなのね?」


「当たり前でしょう。そういっているのに、理解出来ないの?」


そもそも、そんなことは皇帝が許すはずがない。

姫は皇帝の手の宝玉だ。大国の王から贈られて来た藍玉のように、替えが効く存在ではない。皇帝から贈られた更に大粒の藍玉の使われたネックレスの、自分の髪と同じ色をした鎖を指に絡め、遠い世界からやって来た娘が思いの外、理解力がなくて姫は失望してしまった。黒曜石を溶かしたような艶やかな長い髪と輝く瞳を持つ美しいこの少女がもし、自分と同じくらい聡明であるのなら傍付きにするために牢から出してやっただけに、その失望は深かった。


まぁ、尤もどう処分するかは皇帝が決めるべきことだ。突然、護りの堅いこの城に現れた見慣れない服装の美しい少女に皇帝も興味を抱いてようだが、愚かな者を嫌う彼はこの慇懃な態度の娘など侵入経路や誰からの差し金か拷問によって全て聞き出すだろう。後でこっそり、牢に戻しておけばきっと咎められることはない。


無慈悲で孤高な皇帝が、自分にだけ向ける熱い眼差しを思い出した姫が吐息を漏らす向かい側、柔らかなソファに座ることも許されない捕虜の少女は冷めた目で姫を見詰めている。彼女が呟いた言葉は、他人の言葉など無駄だと聞かず、自身の思考の波と戯れることに夢中になっている姫の耳には届かなかった。


「哀れな子」


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