表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

足掻くの?王女様

「今日は気分が良いの」


淡い色調の壁紙、寝具類からカーテンまでピンクに統一され、同色のリボンとレースで飾り付けられた、可愛らしい部屋。まさに“お姫様”に相応しい部屋の中。王国の中心にある王城の、上層階にある眺めの良い部屋でベッドから身体を起こし、柔らかなクッションに背を預ける華奢な身体の少女がいた。

彼女は雪の中に咲く儚くて小さな花のように微笑んでいる。


彼女はこの国の王の子として生を受けた、わば王女だ。しかし、生まれたときからその身体は病魔に犯され、とてもその役目をこなすことは出来なかった。


代わりといってはなんだが、その双子の姉は丈夫であり、病魔の方が逃げ出す程に健康で、それが返って両親である国王と王妃が下の姫を不憫がる大きな要因となっている。


いつ儚くなってもおかしくはない下の姫のために王妃は着きっきりで側に寄り添い、父王もまた公務の合間を縫って頻繁に顔を出した。姫が元気なときは三人でお茶を飲んで笑い合って、侍女たちは王家一家の団欒を微笑ましい気持ちで眺める。

逆に姫が病に伏せることがあれば、心配する両親を安心させるように微笑んでみせる。項垂れた穢れを知らない小さな花が、震えながら咲くかの如きその控え目な微笑みは、多くの病も死も診てきた侍医たちの心をも震わせ、一層彼らを医術へと駆り立てる。全ては、控え目で儚くい姫君の病気を癒すための知識を求め続けた。


王家に生まれた者の義務を果たせないことを気に病みつつも決して俯くことがない健気な姫は、遠いものの医療技術が進んでいる帝国に嫁すことが決まっている。むろん、それは政略的なものではあるが、儚くても愛らしい姫はきっと、すぐにでも“鉄血”と呼ばれる皇帝をも癒やし、そして愛される存在になると国王夫婦は思っていた。そして最高の医療を受けて、仲睦すましく皇帝と過ごして末永く生きてほしいと願っていた。


しかし。


健気で病弱な姫は、自分から何かを欲しがることはなく、そして静かに日々を過ごして来た。

そんな姫が唯一、口にしたワガママがひとつ。姉の婚約者である宰相の息子との婚姻である。


話を聞いて、両親は涙した。

曰く、ずっと前から王宮で父である宰相を手伝う猛勉な姿を見掛けて、密かに恋い慕っていたこと。

姉の婚約者として紹介されたとき、悲しみのあまりに胸が張り裂けそうだったこと。

何度も諦めようとして、しかしそれが出来ずにずっと思いを胸に秘めていたこと。

姉に逢いに来た彼と偶然に会い、話をする内に知った優しさに更に惹かれたこと。

そして、はしたなくも思いを告げ、彼からも同じ思いを返してもらえたこと。

密かに逢瀬を重ね、結ばれたこと。

だから、彼との婚姻を許してほしいと、姫は宰相の息子と共に両親に頭を深く下げた。


控え目な願いに、両親はすぐさま宰相を呼び寄せて上の娘との婚約破棄と下の姫との新たな婚約を取り決める。渋ったのは宰相と上の娘だけだったが、国王の命に二人は最後には折れた。いや、上の娘は何事が騒いでいたが、放っておいても勝手に育ったその子どもが、無神経にも妹姫に外の話をし、興奮させて寝込ませたときに僅かにあった父王の愛想は尽きていたため、さっさと踵を返して姫の元へとうれしい報告をしに行く。


「あの方はお父様のところにいらっしゃるのよね?お茶に誘おうかしら」


もともと、国を継ぐ予定だった姉の伴侶としての教育をされていた宰相の息子は、今は父王について政を学んでいる。姫はそれを知っているため、そんなことをいう。きっと彼と父は、姫が元気なことを喜んですぐに仕事を片付けてやって来るだろう。侍女たちに人数分の紅茶の準備を指示し、姫は友人にお茶会に着るドレスを相談した。

遠いところから来た友人のセンスはとても斬新だがなかなかよく、専ら侍女よりも彼女に衣装の相談をするようになっていたのだ。

彼女は膝上の丈のスカートと、寒くないように淡い色のストールを用意してくれて、姫を喜ばす。希少な月涙石という金、銀、水色へと色を変える宝石をあしらった姫の最近のお気に入りのピンとも合う組み合わせに、にっこりと満足げに姫は微笑んだ。


「あぁ、早く逢いたいわ。早く来てくれないかしら?」


国を挙げての盛大な結婚式はまだ先だが、姫の婚約者として宰相の息子は王家一家が生活する場へ入ることを許されている。しかし、姫が政を行う場所に行くことは適わず、こうして彼らの訪れを待つしかない。それが悲しくて仕方がないのだ。


「早くあの方と婚姻を結びたいわ。そうすれば、お父様とお母様のように、いつでも一緒にいられるのに。あぁ、待ち遠しいこと程、訪れるのが遅いのね」


『ほぅっ』と溜息を吐く姫が微笑ましくて、側仕えの侍女は微笑んだ。愛する人との婚姻を待ち焦がれる、少女らしい初々しくも可愛い姿に自然と頬が緩む。


しかし、姫が『親友』と呼んで憚らない、まるで大輪の黒薔薇のような豪奢な印象を持つ美少女は無感情に溜息を吐く儚い姫君を眺めていた。側付きの侍女はその不遜な態度がいつも気に食わなかったが、姫のために口を閉ざして鋭い目で睨むだけに留める。


「ねぇ、お姫様。もし、理不尽なことを御父上や婚約者に強いられるとしたら、あなたは足掻くの?」


おもむろに地理の本を閉じた、遠い場所からやって来た友人の言葉に姫は目を丸くする。その顔には『珍しい』と素直に書いてあった。

それもそうだろう。友人は勉学の時間を中断されることを、殊更嫌っているのだ。


どういう風の吹き回しか姫にはわからなかったが、せっかく“親友”が頼ってくれたのだから応えたいと素直に思う。何の例え話かは理解出来ないが、姫は初々しい春の花のような淡いピンク色の唇を開いた。


「足掻くなんてはしたないわ。私はただ、お父様やあの方が決めたことを受け入れるだけよ」

「どんなことでも、何も抵抗せずに受け入れるということなのね?」


「えぇ、もちろん」


だいたい、父や婚約者をはじめとする周囲が姫の望まないことを強いるはずはない。姫はそのことをよく知っているため、“親友”が念を押してきてもすぐに返事が出来た。むしろ、あれだけ公然と慈しまれている姫に、そんなことが聞けるのは異国出身の彼女だけだ。この国の民であれば、知らぬ者などいない事実であるのに。

周囲を見れない小娘の様子に、側付きの侍女はあからさまにバカにした表情を見せるが、姫もその友人も気付きはしない。


「…そうだ、お姉様もお茶会にお呼びましょう!元々は婚約者同士だったのだから、あの方とも久し振りに話をしたいでしょうもの!」

「さすが、姫様。お優しいですわ!」

「フフッ。お姉様も部屋に籠もってばかりでは、気分が余計に悪くなるものね」


清らかで健気な姫は、微笑みを浮かべて己の側付きの称賛を受けていた。

友人はその様子をほんの瞬間だけ視界に留めて、膝の上の地理の本へと向き直った。そのとき、ポツリとこぼした言葉は愛する婚約者のことで頭がいっぱいな姫の耳には届かない。


「おめでたい子」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ