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■王城■女性騎士、メラニウィーア

第三王子ギルフォート殿下の婚約者が確定してから、王城の面々は慌ただしく晩秋に王城で正式なお披露目パーティーが行う準備に追われている。



「第三王子殿下は婚約発表と同時に軟禁状態。発表後には監禁でもされるご予定ですか?」



くだけた口調に茶目っ気を乗せて、菫色の瞳を楽しげに細めて令嬢が揶揄う。



「あなたが上手くギルフォートを躾けてくれるならば、その必要はなくなるのだけれど。…こんな面倒を押し付けるのに、そこまであなたに甘えてはいけないのは承知しているよ」



帰国した途端に仕事の山と再会して、自分の婚約者との二人きりでの逢瀬もままならぬ王太子が溜息を飲み込んで無理やりに微笑む。



「面倒などと仰る必要はございませんよ、王太子殿下。私や家にとっても旨みのある条件を調えて頂き、格別の配慮に深く感謝しておりますもの。それに、立場を弁えずに申し上げれば…大切な友人達の役に立てるのだから、面倒などとは思っていません」


「有難う、メラ。けれど…私は…、私はあなたに何を返せるのかと。そればかり考えてしまうわ」



王太子殿下の婚約者は愁眉を曇らせている。


菫色の瞳の年下の令嬢に、大切な友人『』と言われた王太子も微かに瞳を曇らせて頭を下げた。


身分や年齢に拘りなく、何の見返りも求めずに野心の欠片もなく自分達を慕ってくれた友人に酷い提案をした罪悪感が王太子の中で更に膨れ上がる。



「メラニウィーア嬢。私達も、あなたの友情に深く感謝している。こんな私をまだ友人と呼んでくれる事にも。今の我々に出来る配慮など知れているが、これ以上の事はまだ確約できないので口にするのは憚れる。…決して、あなたに全てを押し付けるつもりなど無い事だけは覚えていてくれるか」



真摯な言葉にメラニウィーアが菫色の瞳を和ませつつ、ゆるゆると首を横にふった。



「王太子殿下がそう易々と頭を下げてはいけませんわ、私は既に臣下でございますし。…今日は非番なので、お友達枠でお邪魔しておりますけどね」



令嬢らしい優雅な手つきでティーカップへと手を伸ばすメラニウィーア。



「あら…メラ、午後のお茶会は任務があるから参加出来ないと聞いているけれど?」


「ええ。休める時には身体を休めるのも、私の大切な仕事の一つでございますので。残念、本当に残念ですわ、侯爵夫人のお茶会に参加出来ないなんて残念ですよ」


「ふふ。…学園時代に戻ったように感じるね。メラニウィーアはよくそうやって堂々と学園サロンをサボっていたね、懐かしい」



王太子とその婚約者より学年は下だったが、メラニウィーアの気さくな性格や快活な物言いは当時から今も変わらずに二人を癒す。



メラニウィーア・ヴァトルディアーニ。



デルロード国の近衛騎士団長であるヴァトルディアーニ伯爵の末娘で、彼女自身も女性騎士として国へ忠誠の剣を捧げている身。

親の七光りに頼らずに自力で女性近衛騎士団を目指しており、現に女性騎士の中では筆頭実力者として周囲に目され始めている。



墨を流したような美しい黒髪、コルセットなしでも充分に引き締まった健康美を誇る身体は貴族令嬢として飾り立てると存分に引き立つ魅力を秘めている。



だが、普段は髪を束ねて化粧は最低限、身に纏うのは磨きあげた鎧装備である。


婚約者どころか恋人もおらず、本人は己の愛馬(雌)が相棒で恋人だと公言して憚らない。伯爵家は兄が継ぐ為、自分は生涯独身でも問題ないと言って数多の縁談を断り続けている。



交換条件・・・・とはいえ、今回のお話のお陰で見合い攻撃が無くなったので休日を満喫できるようになりました。とても快適で、母の小言も小鳥の囀りのように聞こえます」


「小言が小鳥の囀り………。伯爵夫人は交換条件について、ご存知ですわよ…ね?」


「はい、勿論。両親と兄達、筆頭家令は知っております。それでも、母が喜んでおりますので娘として親孝行できて幸いです。結婚に至らなかったとしても、これで貴族令嬢としての義務は果たせましたから今後は気楽なものです」



機嫌良く答えるメラニウィーアに、不満の色は微塵も見当たらない。



「…結婚に至る可能性だって、ありましてよ?私達があなたを大好きになったように、ギルフォート殿下もあなたの人となりを知れば惹かれるでしょう。そこに恋愛感情が芽生える可能性をあなたは見落としていないかしら?」


「結婚の約束だから、婚約と呼ぶのだと理解しております。成婚した場合の保証もして頂けておりますから問題ありませんよ」



パッチンと音が聞こえそうなウィンクを寄越したメラニウィーアが、唇の端を持ち上げてニヤリと笑う。



「それにしても、婚約者候補外の伯爵令嬢が婚約者に確定したというのに、ギルフォート殿下の恋人とは違う伯爵令嬢とは…皮肉な話ですね」


「…アルテミアさんやレアンドリアさんから何か言われまして?」



アルテミアは第三王子ギルフォート殿下の筆頭婚約者候補…だった、公爵令嬢。レアンドリアも婚約者候補だった公爵令嬢である。


格下となる伯爵家で、候補外だったメラニウィーアに第三王子の婚約者の座を奪われた形になる。



「いいえ、何も。それぞれの公爵家からはお祝いのカードが届いたそうですけども。当たり障りない普通の物だったそうですし、王太子殿下が既に根回しをしてくださっているのですよね?」


「アルテミア嬢に関しては、父親である宰相が自ら動かれて、学園を休学にして屋敷で反省させていると聞いている。レアンドリア嬢に関しては公爵から謝罪を受けているし、公爵家から学園に監視役を送ってくださるそうだ。他の候補者達の家にも話は通してあるよ」



娘が婚約者候補から外れた事を明け透けに喜ぶ家は無かったが、安堵の様相が見て取れる家が多かった。



「ギルフォート個人を慕っていた候補は、ヤーシュカ嬢だけだったね…」



苦虫を噛み潰したような顔の王太子の隣で、その婚約者の令嬢が少々遠い目をした。



高慢傲慢癇癪娘ヤーシュカは北の果ての修道院でも問題児のままのようですね」



メラニウィーアは何気なく言ったが、王太子達は驚いている。初耳だったらしい。



「同室の者を虐めるわ、看守を召使いと勘違いするわ、食事が不味いだの何だのと未だにご自分の置かれた立場を理解できていないそうで。極寒の地で冬を越しただけでも想定外でしたが、ある意味…最強の令嬢ですね」


「…………そうだな」


「…ヤーシュカ嬢が毒物への造詣が深いのは本当ですか?…配流されてしまった子爵令嬢の方ではなく?」



配流、という単語に王太子が複雑な顔をする。聞いてはいけない事だったかとメラニウィーアが質問を撤回しようとしたが、王太子はそれを遮って答えた。



「毒物全般に造形が深いのでは無いそうだが、子爵令嬢とヤーシュカ嬢の所持していた毒物が無関係なのはしっかりと証明されている。私達の留守中に起きた事とはいえ……令嬢達には本当に可哀想な事をしてしまった。それを、ギルフォートは…!」



一瞬で元の表情に戻したとはいえ、滅多に見せない怒りの表情を浮かべた王太子。咳払いして、言葉を再び紡いだ。



「アーガンダ家に伝わる毒物だったからね。市井に安価で良質な薬を提供する子爵家のご令嬢が配流になった事で、家業に差し障りが無いかと心配したが。そちらは全くの杞憂だったよ。市井では、無罪の少女二人を配流した我々王家への信頼が目減りしただけだ」


「…つまらぬ事を口に致しました。申し訳ございません」


「良い。例の故に尋ねたのだろう?それについては、午後の茶会で解決予定だね?」


「そうですわ。侯爵夫人はその噂に大層お怒りのご様子で、噂を流した伯爵夫人以外は私も含めて皆様、侯爵夫人の手腕を見学させて頂く勉強会のつもりで参加しますの」



侯爵夫人が件の子爵家の夫人と男爵家の夫人を伴って北へ避暑へ訪れた際、強引に同行した伯爵夫人。


その夫人が、避暑旅行の後で流したとは《毒物の本当の持ち主は子爵令嬢だった娘である。使用人と一緒になって狼藉を働いたのは男爵令嬢だった娘である。ヤーシュカ嬢はこの二人に唆された》という、悪質な嘘の噂。



「万が一、鵜呑みにする者が出たらと危惧しておりました。ですが、解決の見込みがあるとのことで安心致しました。騎士団の中にはこの噂で殺気立つ者達もおりますので」


「騎士団に…?」


「マヌエル家は新興の小さな男爵領ですが、元は騎士爵から男爵位まで駆け上がった家です。騎士団にはマヌエル領出身の者や、マヌエル家の興りに憧れる者も多くいるのです。フォルベールとマヌエルは家ぐるみは勿論、領民達も仲が良いそうで、マヌエル出身者はフォルベールの分も立腹ですよ」



平民から身を立てるのに、まず騎士爵から当代爵を目指す若者は多い。だが、騎士団とマヌエル家にそんな関係があったとは知らず、王太子は背中に冷や汗をかいた。



「…空恐ろしい火種を見落としていたのだな」


「マヌエル家の来歴は、年配の騎士でないと知らぬかと思いますので無理も無いかとは思います。私自身も、息女の配布の時には知らず、今回の噂がきっかけで知りましたし。お茶会で火消しが出来れば、殺気立っている者達も治るかと思います。…両家の方々へ更なる心痛を齎す前に終息するよう願うばかりです」


「命を懸けて国を守ってくれている方々に反感を買ってしまっているとは、背筋の冷える思いですわ…。見学、勉強などと暢気な事を言って申し訳なく思いますわ…」



反省会の様相を呈した所で時間切れとなり、結局のところメラニウィーアは婚約者である第三王子と対面することもなく王城を辞した。

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