東へ進め!閃きと、日常へ
辺境伯家で朝食を頂き、早々に執務棟へ出掛けるというエルディオンとマリリオンを見送る二人。
なぜ少女達が見送るのかと言えば、朝食を頂いてそのまま辞去するつもりであったのを次期辺境伯夫人に引き留められたからだ。
長居をしては邪魔になるからと遠慮したのだが、エルディオンにも『俺達もそろそろ出るし、この時間帯はどの通用門も混雑している頃だ。もう少し後の方が良いと思うぞ』と言われて辺境伯家の好意にもう少しだけ甘える事に。
そんなやりとりをしていた流れから、玄関先での『お見送り』に至る。
「お気をつけて、行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃーい、頑張ってね!」
領主館の敷地内にある生活棟から執務棟までというさほど離れていない場所に行くだけなので大袈裟かな?とは思ったが、兄弟は機嫌良く応じたので良しとした。
エルディオンは『変なカンジだが、イヤじゃねーな!』と朗らかに笑い、マリリオンは『新鮮で、ちょっと気恥ずかしいけど…嬉しいです』と擽ったそうにはにかんでいた。
そんなやり取りを、玄関の内側から生暖かい眼差しで見守るのは兄弟の母と、祖母。初々しいだの、甘酸っぱいだのといった言葉が漏れ聞こえた。
辺境伯夫人と次期辺境伯夫人に誘われて庭の見える部屋でしばし歓談した後、世話になった礼を丁重に述べ、領主館の人々に今度は少女達が見送られる。仲良く手を繋いで丘を下りながら、今夜のメニューを相談したり明日の予定について話し合う。
「あら?…まぁ、あの木にはもう実がなっていますのね。熟したら幾つか採取しておきたいですわ」
「んー、どれ?あ、あの紫のだね。そっか、じゃあ覚えておかないとね!そうだ、ちょっと気が早いけどそろそろ冬の備えも始めておく?」
砦を通り過ぎたところで、二人の話題は「冬支度」に向けて熱を帯びる。その日暮らしで気ままな去年とは違い、今年は10日ごとの領主館への納品分の素材も用意しておかなくてはいけない。
「素材ねぇ…町の森で採取できるのが結構あるし、次の納品までに一回町に行く?」
「そうですわね、それなら…そろそろ手荒れ用軟膏の出番も増えて参りますから、ついでに幾つか卸して来ようかしら」
「みんな喜ぶね!あ、じゃあ私も背負い袋とか作ろうかな〜♪」
町の雑貨屋の店主からは、雑貨屋に卸せる物があればいつでも大歓迎だと言われている。
「背負い袋も喜ばれると思いますが、あの針山は…小さい子にとても喜ばれるのではなくて?」
リュールがふと思い出したのは、エルダが端切れでパパッと作っていた針山。掌にすっぽり収まるサイズで、猫の顔のような愛らしい形をしていた。
「えー?そうかなぁ、アーカイネ達にはすっごく不評だったよ?『可愛い猫に針を刺すなんて酷い』って散々言われたもん」
エルダとしては針山なので針を刺すのは当たり前だと思うのだが、猫の顔が可愛いのでアーカイネ達には針を刺す行為が残酷に見えたらしい。
「針山としてではなく、小さな縫いぐるみやお人形として作ってみたら良いのではなくて?とっても可愛らしくて喜ばれますわよ、きっと」
街では子供向けの玩具等を常に扱う店もあるが、町では雑貨屋がたまに仕入れる程度。少女達も町にいた頃に雑貨屋で見かけた記憶があるが、男児向けの物しか無かった気がする。
「そっかぁ…うん、良いね。あっ!じゃあ、中にリュールの薬茶も少し入れてみたらどうかな?ポプリの代わりにならないかな!?」
貴族のご令嬢時代、学園では香水よりも香袋が好まれていたのを何となく思い出したエルダ。
「茶葉の状態では匂いは弱いと思いますわ。でも、素敵な発想ですわね。香りの強い乾燥した植物なら…マロネーブはどうかしら。…あら。夏には虫除け効果のある葉を入れたりしても良さげではなくて?それならば納品でも通用すると思いますわ」
話している内にどんどんアイデアが閃く二人。生き生きと口調は弾み、足取りも軽やかに進む。
「いいね〜。冬の間に外側を沢山作りだめして、初夏に葉を入れて縫うだけにしておいたら夏の納品が楽になるかも?あっ!!…普段使いの背負い袋や籠につけれる…飾りみたいな外見で…リュールの毒消しとか傷薬を入れておける縫いぐるみみたいな小さな袋…巾着とかどうかな?」
「素敵、ですわ。冴えていますわね、最高です!……ねぇ、エルダ。ふと思いついたのですけど、お人形を幾つか卸して、それと別にそのお人形が着れる服も何種類か卸してみたらどうでしょう。好みに応じて服を買うのも良いですし、自分で手作りするのも良いですし。お友達と交換して着せ替えもできますわね」
丘を下りきったところで、二人の目はキラキラというよりも爛々としている。
次から次へと降り注ぐようなアイディアの数々に興奮気味で、今すぐに制作部屋でメモを取ったり材料のストックを確認したい衝動が二人を突き動かす。
少女達は互いに見つめ合い、無言で頷く。
繋いだ手はそのままに、スカートをはためかせてまっしぐらに家を目指して駆けだす二人。
街の人々は、少女達が全力疾走する姿を見つけて『何事!?』と驚いたが、二人とも手を繋いで全開の笑顔だと気付いて『今日も元気そうだねぇ』とニコニコ。
息を切らせて帰り着いた二人は、昼食を忘れて作業に没頭。
帰り道に閃いたアイディアを元に、大まかなな制作スケジュールを立てたり、在庫を確認しながら秋の内に揃える物のリストを書き出したりと慌ただしくしている内にすっかりと日が暮れていた。
「書き出してみると結構あるよね。まずいなぁ、さぼりがちだったから薪がかなり少ないよー」
夏場は食事の支度と、たまに作品作りで必要な時しか使わなかったので消費が少なかった薪。
陽気な酔っ払いさんから貰った薪があるから…と、何となく考えていた。だが、秋口からは使用頻度が増える一方になるだけに、今の数では足りなくなるのは目に見えて明らか。
「そうですわねぇ…。この際、薪は購入しても良いかもしれませんわ。収集から乾燥、薪割りまでの手間暇を他の作業に充てられるメリットを考えれば、無駄遣いでも無いと思いますから。どうかしら?」
リュールの提案にエルダは迷う事なく賛成。
「保存食はどうしましょう。干し肉は町に行った時に買って来ても良いですし、アーカイネに教えて貰った簡単な方法も試してみても良さそうでしたわね」
「ああ、あれね!良いと思う。秋の半ばぐらいから試してみようよ。干し肉も買っておいた方が良いね。でも、野菜はそのまま買ってきて自分達で保存食にすれば安く上がるし楽しいと思うなー」
保存食を作った経験はないが、エルダができると判断したならばできるのだろうと考え、リュールは肯定の頷きを返した。
「あ、でも変な葉っぱは保存食作りに使っちゃダメだからね!」
ジットリとした視線で念押しするエルダから、リュールは目を逸らし気味に次の項目に話を進めた。
「冬の備えの為に始めたけど、やって見ると発見も多かったねぇ。生活の見直しと言うか、普段じゃ気づけない事に気づけて良かったかも」
「本当、そうですわね。備えとは別に、使用頻度は低いけれど、そろそろ切れそうな物なども結構ありましたし。その内で自作できそうな物や、多目に作って納品に回せそうな物があったのは嬉しい発見ですわ」
医薬品や薬関連に特化しているリュールに作れそうな日用品は無かったが、手工芸品でエルダが作れそうな物は多かった。
最近は特に実用性の高い日用品をいかに見た目も美しく仕上げるかに拘るのがエルダのブームで、今回の発見でやる気が漲っている。
「リュールの『風邪撃退セット』も面白そうだし、凄く楽しみだね!」
冬の備えリストでは優先順位が低いものの、風邪予防に喉飴の制作に必要な材料があった。
それを、エルダが『真冬にリュールが作ってくれるポカポカ薬湯は?』と言いだしたのを発端に、風邪予防の効果がある物を詰め合わせてセットにしたら面白いという話になった。
「試しに幾つか作ってみますわ。間に合えば、町に行った時に卸してみます。間に合わなければ、そうですわね…いつもお世話になっておりますからご近所の皆さんにお配りしても良いですわね」
机の上のメモや筆記具を片付けながらリュールがニコニコと答え、エルダは機嫌良く晩御飯の支度に取り掛かった。
リズミカルに野菜を刻む音が響き、鍋からは柔らかな湯気が立ち上る。
机の上を片付けたリュールは皿や匙の準備を終えると、戸締りを確認。
食後に少し寛いだら早々に寝れるようにと、先回りして支度を整えて戻れば食卓にはエルダの手料理が並んでいた。
食後はリュールの薬茶を楽しみ、それぞれに部屋に戻ると床に就いた。
明日の朝は…
と、それぞれに自分の部屋で翌日の予定を考えながら同じ頃に眠りにおちていった。




