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東へ進め!月の始めの納品日

魔物の群れの襲撃や夏祭りなどで何かと慌ただしかった1ヶ月が過ぎて、領主館もすっかりと通常の業務形態へと戻って落ち着きを取り戻している。



「あれ?あ、そっか…」



納品の建物に入ってエルダが思わずキョロキョロしたが、あの老人は引退すると言っていたのだから、姿が見当たらないのも道理だと納得した。



「いらっしゃい、二人とも。さて、今日はどちらからかしら?」



リュスカに促されて、今回は納品数が普段よりも少し多いリュールから受け付けを始めた。



納品の建物を出て、文官部屋へと赴く。


相も変わらず多忙を極めるワズラーンだが、新規許可証や身分証の件で少女達から口々に礼を言われると血色の悪い顔に仄かな笑みを浮かべていた。


それぞれに与えられた仕事へと取りかかる少女達。



「こんにちは!文官部屋から此方を預かっております」


「おお、エルダ嬢ではないか!やれ、久方ぶりだねぇ、はい有り難う。確かに受け取ったよ。ふむふむ、少し待っておくれ、どれどれ…」



執務棟内をちょこまかとお使いで歩き回ったり、物品の補充や備品の在庫チェックに整理整頓をしてめまぐるしく過ごしていると、あっという間にお昼時になった。


老文官から昼休憩に入るようにと声をかけられた。


文官部屋の皆と和気藹々と昼休憩を楽しみ、午後からはより一層精力的に働く少女達。


これまでは徒歩で丘の上の領主館から麓の街へと帰る少女達の為に夕方には早々にお手伝いを切り上げていたが、本日はお手伝いの後は領主館に泊まるので夕刻の鐘までみっちりと働く。


茜色に染まる領主館の執務棟に、ポツポツと柔らかな光が灯される。


居残る者の為に執務棟の厨房からは夜食の手配がされ、居残りが居ない部署からは戸締まり後に正門脇の詰め所に鍵が返却されていく。


これまでは見たことが無かった光景を、少女達は程良い疲労感を噛み締めながら眺めている。



「リュールさん、エルダさん。お仕事、お疲れ様で御座いました。お迎えにあがりましたよ」


「わざわざ来てくれたんですか?有り難う御座います!えっと、お先に失礼しても…?」



夕刻の鐘は鳴ったとはいえ、他の文官達がまだ退勤していない内に一番下っ端の自分達が真っ先に帰って良いものかとエルダが戸惑いを見せる。



「お疲れ様!勿論、構わないよ。なぁに、我々の尻が重いのはいつもの事だよ。気にせず上がっておくれ」



中年文官が腹を揺すって豪快に笑い、隣の老文官も机の上を片付けながらニコニコと頷いている。



「僕達はね、帰りの乗り合い馬車の時間まで少し待ち時間があるから残ってるだけだよ。遠慮なく先に上がってくれて大丈夫。そうですよね、ワズラーン様?」



青年文官が確認すると、まだ書類と睨めっこしていたワズラーンが顔を上げて頷いた。


では、お言葉に甘えてお先に失礼させて頂きます、とリュールがエルダと並んで文官部屋を出る。



月に一度の『泊まりがけでのお勉強会』として、生活棟へとお邪魔したものの。



「いらっしゃい!待っていたわ、ゆっくりしていってね。自宅だと思って寛いでちょうだい。今まで執務棟でお仕事をしていたのでしょう?お腹が空いているのではなくて?夕飯まではまだ少し時間があるわ、何か少しつまむ?それとも、先にお風呂にしてしまう?」



エルディオンとマリリオンの母が上機嫌に出迎えた。



世話になる礼を述べれば『我が家だと思ってもっと気楽で良いのよ~、そんなに畏まらないで!』とニコニコ。


てっきり、迎えに来た侍女が部屋まで案内してくれるのかと思っていたが、玄関ホールから先はこの陽気な夫人が少女達を独占。


夫人曰わく、前から少女達ともっと話をしたいと思っていたがなかなかそれが叶わなかったし、息子しかいないので年頃の女の子のお世話をするのが夢だった、今日という日を物凄く楽しみにしていた…らしい。



少女達は夫人とは初対面ではないが、これまでは『控え目な貴婦人』という印象だった。



美形貴公子エルディオンの母だけあって、美人。楚々とした雰囲気はマリリオンと似ている。だが、口を開けばどうも中身は………街や町の肝っ玉母ちゃん達と同じようだ。


口調だけならば貴族然としているが、立石に水のごとくよく喋る。少女達の受け答えの一つ一つに『お利口さんね!』だとか『偉いわ~』だのの褒め言葉を返し、夫人の言動の全てに『熱烈歓迎!!ようこそ我が家へ!!』という超好意的な態度が集結されている。



少女達の中で夫人像が『物静かで控え目な貴婦人様』から『とっても親しみやすい方』に書き換えられ、すっかりと懐いた頃にまずマリリオンが帰宅した。


マリリオンに次いで、所用で町へ出掛けていたエルディナとクルスが帰宅。少し遅れてルゴール伯とエルディオンも帰宅した。



「親父はまだ砦に残ってるって。飯も済ませてから帰ってくるらしいよ」


「あら、そうなの?二人と久し振りに会えるからって楽しみにしていたのに…何かあったのかしら」


「案ずる事ではない、ちと早いがヴィーデンの冬祭りに際しての警備で大きな変更点があっての。その調整も兼ねて、騎士団の人員配置の再確認をしておるよ」


「ああ、そう言えばヴィーデンの連中、かなり張り切ってるからな。今年の夏祭りが大盛況だったから、負けてらんないとかって。兄貴には悪いが、活気づくのは良い事だ」



そんなこんなの会話から、夕飯へ。



領主一族と和やかに食卓を囲み、舌鼓を打つ。エルディナの配慮なのか、エルダには愛しの平民パンが専用に用意されていた。


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