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東へ進め!ルゴール伯と少女達

通された客間でルゴール伯を待つ。 客間はダークブラウンやワインレッド等の落ち着いた色合いが多く、差し色に入る若葉色が映えるように統一されている。


「本当に、なんて素敵なお部屋…」


うっとりと溜息をつくエルダ。頬が薔薇色に上気して、淡い水色の瞳がキラキラと輝いている。


この部屋の配色がエルダの好みど真ん中である事に加え、調度品が厳選されているのもツボなのだろう。夢見心地のエルダに、リュールがにっこり笑う。


「このお部屋を参考に私達のお家も、少しづつ素敵な雰囲気に変えて行きましょうね」


リュールの言葉に、エルダが力強く頷く。リュール自身はあまりそういった方面に拘りがない。好みの色はあるが、好きな色に囲まれていなくても問題ない。


小声での会話を交わしていたところに、ルゴール伯が登場。二人の少女の服装は平民だが、滑らかな動作で礼をする。すっかり平民生活を満喫していても、骨身に染み込んだ貴族の作法は身体の方が覚えているのだろう。



ルゴール伯は鷹揚に二人に寛ぐように勧め、待たせた事を詫びる。「さて、堅苦しいのは終わり。儂はざっくばらんに話すし、お嬢ちゃん方もそうしてくれよ」と口調が砕けた。


それまでは老齢にしては筋骨隆々で眼光鋭い辺境伯としての威厳に満ち溢れていたルゴール伯が一変、笑えば目尻が下がって白髪頭に立派な口髭のおじいちゃん。



親しみやすさ全開での「生活には慣れたかね?」から始まり、「困っている事はないか?」や「普段はどんな風に暮らしているのか?」と、ルゴール伯からの質問が続き、二人が微笑みを浮かべてそれに答える。


ルゴール伯の意を汲み、貴族的な話し方ではなく「平民にしては丁寧」という話し方の二人がハキハキと淀みなく答え続けると、ルゴール伯は孫の話を聞く祖父のような顔で笑みを深めてゆく。



話し込むうちに、日が暮れ始めていた。



「おや、すっかり話し込んでしまった。ううむ…こんなにあっという間に時間が経つとは。お嬢さん方には申し訳ない事をしてしまったね」



心底驚いたように懐中時計を見て、ルゴール伯が謝意を口にする。二人も時間の経過など全く気にならぬ程に会話を楽しんでいたと朗らかに返す。



「それならば良かったよ。年寄りの長話に付き合わせてしまった事だし、今夜は泊まって行くと良い。なに、部屋だけなら幾らでもあるから遠慮はいらない」



その申し出に、リュールは少し迷った。素直に好意に甘えて良いものなのだろうか?しかし、今から町へ帰るにも送って貰わなければ夜道を歩く事になる。傍らのエルダはキラキラとした瞳で『お泊まり賛成!』と無言で訴えかけてくる。『他のお部屋も見たい』とも訴えかけられているような気がする。



二人は一晩世話になると決めてお願いすると、ルゴール伯は嬉しそうに大きく頷く。

この後は用事があるというルゴール伯と、明朝また改めて話をする約束を交わした。



「そう言えばすっかり忘れておったが、お嬢さん方よ。今後はこのまま平民生活で良いのかね?知っておるとは思うが、お嬢さん方の身分は簡単に貴族籍に戻せる。他家に養子に入るなり、儂の後見で貴族籍に復活するなり方法は幾らでもある」



案内の使用人に続いて退室しようと立ち上がった二人に、ルゴール伯がさり気なさを装って問いかけた。



「私達はルゴール伯様のお許しが頂けるのならば、このまま平民としてこの地で暮らしたく思います」


エルダはリュールの方をチラリとも見る事なく『私達』と纏めて即答したのを受けて、ルゴール伯がリュールに視線を移した。


「…貴族籍からの除籍処分の意味を不甲斐ない私達なりに考えた上で、復籍を求める事は有り得ません。ルゴール伯様を始め、町の皆様にはお世話になりっぱなしでご迷惑をおかけしている身で大変厚かましいとは思いますが…それでも、私達はこの地で平民として生きたいと願っております」



気負う事なく穏やかな声音と、濃緑の澄んだ瞳で真っ直ぐに答えたリュール。



二人は微笑みを浮かべて並び立ち、その顔には悲壮感や諦観の色は全くない。平民として生きるとの壮絶な覚悟に意気込む風もなく、卑屈になっている様子も微塵に感じない。



「ふむ、相分かった。呼び止めて済まなかったね」



今度こそ退室する二人を見送ったルゴール伯が部屋に一人、しばしの静寂の中で考え込む。


魔物が出没する未開の地を少しずつ切り拓きながら広大な領地を治め、隣国からの侵攻を抑える国防の役も担う辺境伯。その判断の一つ一つが領民や国民の生活を大きく左右する。



今また、大きな判断を下すべく辺境伯は立ち上がった。

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