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東へ進め!秋の手前で再会

朝晩は少しずつ過ごしやすくなってきているが、日中はまだまだ暑い日が続く。


朝の内に干した洗濯物がスッキリと乾いているのに満足しながら、リュールが額に汗を浮かべてせっせと取り込んでいるとエルダの弾んだ声が聞こえた。



「リュール!ねぇ、来て、素敵なお客様だよ!!」



そのお客様をほったらかしにしてはダメではないの?と、リュールが取り込んだ洗濯物を籠ごと抱えて苦笑いしながら足早に屋内へと戻る。



「二人とも元気そうで本当に何よりですよ、お嬢さん方」



お久し振りですね、と片手を挙げてリュールに声をかけたのはいつぞやの中年女性騎士。


再会を素直に喜んでいる様子の少女達に笑みを深める女性騎士は、お手紙ですよと片目を瞑って手紙を差し出した。



「お手紙ですの?どなた様からかしら…」


「匿名希望のとある御方から、ね。なんでも大層可愛らしい籠入りの飴に感激したのですって」


「籠入りの飴…あっ!!えっ、でも…ん?んんっ!?」


「私からはこれ以上は言えないし、お嬢さん方も何も言わないでね。私は円満に退職して、ここへは旅行に来てるだけなので」



退職という言葉をなぜか照れ臭そうな顔で口したと思ったら、その後の会話で女性騎士は結婚退職だと判明。



「王家に忠誠の剣を捧げた時に結婚は諦めていたのだけれど、まさかこの歳になって結婚することになるとは思わなかったわ。ふふふ、実はお嬢さん方のお蔭なの」



少女達の配流・・に見張り役という名目で護衛・・として同行した帰り、御者と意気投合したのが切っ掛けだったと頬を桃色に染めながら語る。



「今年の初夏に結婚したものの、お互いの仕事の都合もあって彼だけ先に故郷へ戻っていたのよ」



辺境伯領地のお隣が御者の故郷で、女性騎士との新居もそちらに構えているそうだ。



「とある御方の避暑地旅行の警護に同行する前に退職手続きの大半は済ませてあったから、戻ってからは早かったの。とある御方のご厚意もあったから更に早まったのだけどね」



ご厚意への礼もあって、ごく個人的に手紙を届けるのを引き受けたそうだ。



「それに、何よりも先にまずはお嬢さん方に直接お礼が言いたかったから…」



ほんのりと頬を染めている女性騎士は幸せそうな様子なのだが、エルダはしきりに首を傾げている。



「ふふ。避暑地旅行から王都に戻って、退職の手続きを済ませたり退寮やらお別れのあれこれを済ませるのに五日。そこから単騎でここまで……まぁ、年甲斐も無くよく走ったものだと我ながら驚くわ」


「え?まさか、新居には寄らずに先に此方まで来られているのですか!?」



旅装なのでまさかとは思ったが、驚愕する少女達に女性騎士は穏やかな顔で頷いた。



「まずはお嬢さん方に挨拶をしてから…し、新婚生活…恥ずかしいわね、ふふ。そう、新生活!ケジメをつけて新生活に挑もうと思って、お邪魔させて貰ったの。それと、お嬢さん方にあやかって私も此処・・から平民人生・・・・を歩き出そうと思っているの」



元女性騎士は辺境地ココで夫が迎えに来るのを待ち、新婚旅行も兼ねてレッテンからヴィーデンへと観光して新居へ向かう予定だと楽しそうに説明した。



「「ご結婚、おめでとうございます」」



少女達の心からの祝福の言葉を受けて、元女騎士は化粧の薄い顔に眩い笑みを浮かべた。


包装らしき包装もないままの、少女達が大慌てでかき集めた『お祝いの贈り物』を赤子でも抱くかのように抱きしめる女性。


少女達に見送られ、何度も振り返りながら立ち去った。




「あら!明日の到着ではなかったかしら?待たせてしまっていたのね、ごめんなさい」



女性が宿に戻ると、夫である元御者がニコニコと待ち受けていた。女性の腕の中の品に気づいて、穏和な笑みを更に深めた。



「待ち切れなくて、来ちゃったよ。俺の可愛い奥さん」


「なっ…まっ、もう。…ダメね、慣れないわ。もう、恥ずかしい……」



真っ赤になる妻を愛おしげに見つめ、少女達は元気にしていたかと問う。



「ええ、とても。…いきなり平民として、子供二人で僻地に放り出されたあの子達が心配で、不憫でしかなかったのに。本当に楽しそうで、元気で、幸福そのものな様子だったわ」



腕の中の品を優しく抱き締めて、噛み締めるように言葉を紡ぐ妻。

彼女の女騎士人生で一番辛かった任務が『無辜の少女達の配流の見張り』だと知る、元御者の夫は妻の肩を抱きながらその言葉に静かに耳を傾けていた。





一方、少女達は。




「ねぇ、何て書いてあるのー?」



リズミカルに野菜を刻むエルダが、手紙を読むリュールに尋ねる。



「飴と籠への賞賛のお言葉と、お礼だけですわね。特に含みのある内容では無いと思うわ…」



読み返して確認しながらリュールが答えると、エルダがみじん切りにした野菜を鍋に投入しながら「そっかー」と安堵を滲ませた声で応じた。



「ところで、エルダ。野菜スープに入れて貰おうと思ったこの葉っぱがなぜか仲間外れにされているようなのだけど、なぜかしら?」


「それはね『食べれる』けど『美味しくない』って、もう何回も言ったよね?むしろ、なぜ毎回その葉っぱを食材に混入するかな?リュール、そろそろ…私、怒るよ?」


「まぁ!それはちょっと見たいですわ!!…ではなくて。その葉っぱ、身体に良いって私も毎回言っておりますわよ?」


「身体に良いけど、マズいの。今、私達元気だよね?元気なのに身体に良いけどマズいご飯を我慢しながら食べる意味無いってば」



平民パサパサパンを食べるのが苦行のリュールからすれば、平民カチコチパンを美味しい!と愛するエルダならこのマズい葉っぱも許容されても良い筈なのに…と、怪訝そうに仲間外れにされた葉っぱを眺める。



リュールが執拗にスープに混入したがる葉っぱは、夏の終わりのほんの一時だけが旬(?)らしい。秋の訪れを熱望しながら、エルダは鍋をかき混ぜた。

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