東へ進め!エルダと愉快なお誕生日③
ちょっと泣いてしまったが、パイは美味しく頂いた。
「リュール~」
「うふふ。何ですの、甘えん坊さん」
食後に擦り寄ってきたエルダのフワフワ頭を撫でながら、リュールが尋ねる。今日のお礼、最高、幸せ、などエルダが上機嫌で口にする言葉にリュールはニコニコと耳を傾ける。
「来年も、再来年も。楽しみにしていてくださいね」
「うん!リュールも楽しみにしていてね。おばぁちゃんになっても誕生日は毎年全力でお祝いするんだから」
「おばぁちゃんになっても、ですの?ふふ、エルダがおばぁちゃんになった姿はまだ想像できませんけれど、とても楽しみですわね」
「あはは。確かに、私もリュールがおばぁちゃんになったトコって想像できないや!」
互いの老後の姿は想像できなくとも、この先も互いの誕生日を祝い合うのは当然の確定事項のようだ。
「リュールのお誕生日も、私のお誕生日も今年はちゃんとお祝いできて良かったよね!ホッとしちゃった」
「本当に良かったですわ、去年は散々でしたものね。でも、去年の件があったからこそ、今年はこれまで以上に幸せだと思えばこれで帳消しですわね」
「うん、帳消し!あは、そうだよね。去年はお誕生日とか吹き飛ぶ勢いでゴチャゴチャしたけど、そのお陰でこんなにのんびり暮らせるんだよねぇ。リュールともずーっと一緒だし!今年は無事にお誕生日も祝えたからこれで帳消しだね」
爽やかな顔の少女達が『これで一つ、暗い過去が清算できた』と晴れ晴れとした気分で薬茶を飲む。
「そういえばねぇ、おばあちゃん達があの冷たい飲み物に大喜びしてたよ。長生きするもんだ、なんて言ってたし。魔法が使えるって、平民だと便利だね」
「貴族というか、学園時代では厄介でしかありませんでしたけども。この地であれば隠す必要も無し、隠し事の無い生活なら益々のびのびできますしね。皆さんに喜んで貰えるならば、魔法が使えて良かったと思えますわ」
「うんうん。それに、この前のクルス様の『授業』も面白かったしね。あ、来月のエルディナ様とのお勉強に向けて、ちゃんと予習しておかなきゃ!」
敬愛する辺境伯夫人に教えを請う以上、予習はきっちりと仕上げておきたいとエルダが意気込むエルダ。魔法に限らず知識欲旺盛なリュールも予習には乗り気で、明日からは毎晩二人で勉強会をしようかと提案する。
「明日からと言わず、今夜からでも良い?」
「うふふ。構いませんわ、善は急げと言いますしね。でも、流石に今夜は座学は止めておきましょ。途中で眠くなってしまいそうですもの」
昼間、散々はしゃいでいた自覚のあるエルダは照れ笑いで頷く。リュールも疲れている筈だし…と考え至ったエルダがやっぱり明日からにすると訂正したが、微笑みを浮かべたリュールが緩やかに首を横に振る。
「明朝の氷を作っておくつもりでしたから、今夜はエルダも一緒にやりましょ」
リュールの誘いにエルダが喜ぶ。
数日で慣れてきたとはいえ、水を出すよりは集中を要する氷の魔法。リュールが氷を出す間、エルダは集中の邪魔にならないようにいつもは静かに見学するに留めていたのだ。
「大雑把に言えば、水を出す時と同じなんだよね?お水…冷たいお水…」
目を閉じて俯きながら呟くエルダの手には空のコップ。リュールは黙って見守っていたが、木製の素朴なコップの底から湧き出すように現れた水は常温だった。
「んー、失敗!ふぅ、難しいや。リュールみたいに清らかなお水を想像してるんだけど、どうしても周りの木とかその木に絡まる蔦とかに寄り道しちゃうのがダメなのかなぁ…」
「え?あら、エルダは景色を思い浮かべてますの?私はそこまで明確なイメージはしておりませんわ、清らかなお水だけですの」
エルダの漏らした自己分析にリュールが驚くが、エルダはリュールの言葉に驚いている。
「えっ!?そうだったの??私、清らかな水って聞いて何となく物語によく出るエルフの森の泉とか水の妖精の住処の挿し絵を想像してたよ………。そっかぁ……よし、もう一回挑戦してみる!」
決意漲るエルダに、リュールが持っていた空のマグカップを手渡して水入りのコップを受け取る。
せっかくなので飲もうかと思ったが、エルダの想像した綺麗な世界から生まれた水だと思うと、喉が渇いている訳でも無いのに飲み干すのは勿体ない気がしてくる。
さっきよりも深く集中している様子のエルダを一瞥し、リュールも水入りコップを包むように持って瞼を閉じる。ここ数日で、己の中の魔力を掴むコツは見つけた。
妖精のようなエルダの思い描いた緑豊かな世界から生まれた清らかな水に、リュールの魔力を垂らしてかき混ぜる想像をする。…難しい。先程のエルダの具体的な想像を聞いた後なだけに、抽象的過ぎる気がする。
木漏れ日の森の泉から汲み上げた水…笑顔のエルダ。それを受け取った自分は……魔力で出した氷の棒でかき混ぜる。
これだ、と直感で確信した。
目を開けると同時にエルダの歓声か耳に届いた。
「出来た出来た出来たー!リュール、見て冷たいお水だよ!」
有頂天のエルダにリュールの顔がぱっと綻ぶ。エルダから手渡されたマグカップを持てば掌にヒンヤリと心地よい。
「おめでとう、エルダ。冷たいお水ね、気持ち良いわ」
「えへへ。ありがと!リュールのお陰だよ。あれ?リュール、それどうしたの?」
それ、とは。エルダからマグカップを受け取る為にテーブルに置いた木製のコップ。入っていた水の代わりに氷によく似たモノが入っている。
「先程のエルダのお水、飲んでしまうのが勿体ないと思って…。エルダの真似をして景色というか、いつもよりもっと明確に私の魔力を込めてみたら氷ではなくてコレになりましたの」
木製のコップごとエルダに渡すと、エルダは中身を取り出して掌に載せてしげしげと眺める。
「水晶みたいに見えるね。私とリュールの魔力の結晶、なのかな?えへへ、そうだったら宝石より貴重だよね」
「うふふ。私も同じように考えておりましたのよ?それ、宜しければお誕生日プレゼントに追加で受け取ってくださいな。作品作りに使えそうなら、遠慮なく使ってくださいね」
「貰って良いの?わぁ、ありがとう。えへへ、今日は本当に最高!幸せ過ぎてずーっと笑いっぱなしだよ~」
エルダの冷たい水を分け合って味わい、リュールはいつも通りの方法でサクッと氷塊を準備して寝仕度に移る。
それぞれに満足感と幸福感に包まれて、寝床へと入った。