東へ進め!エルダと愉快なお誕生日②
エルダの誕生日を盛大に祝うと決め、まずは街のご近所さん達に声をかけた。アマンダを筆頭に皆、快く参加してくれると答えて手伝いも申し出てくれた。
店の手伝いの合間にでも参加できないかと三人娘に打診、その翌日には三人とも朝から休みを貰えたと返事が来た。協力させろ!と強気で迫られ、甘える事にしたらそれぞれの『店』まで込みの協力だったのには驚いた。
おかげで、リュールはどうやってエルダに内緒で招待しようかと悩んでいた『町の人々』への連絡係りは三人娘達が親の商談まで利用して一手に引き受けてくれることで解決できた。
「おばあちゃん達、暑かったでしょ?いっぱい飲んでね!わざわざ来てくれて有り難う、会えて嬉しい!!」
大はしゃぎのエルダを見て、これまでの努力は報われたとリュールが安堵の吐息をつく。
夏真っ盛りの昼日中に町から呼ぶのでは老人達には体力的にも迷惑なのでは?と不安ではあったが、事前の確認でも『あたしゃ現役農婦、暑さなんぞ屁でもない!』『エルダ嬢ちゃんの為なら火の中でも水の中でも平気さ』『呼ばれなくても行く』と言っていた通りのようだ。
おめかしエルダの笑顔に有頂天で、皺だらけの顔に更に深い笑い皺を刻んでいる。
「それにしても、あんた本当に人間なの?有り得ないわよ、あんな大量の…やっぱり魔王なんじゃないの?」
「イヤですわ、人間でしてよ?でも、お願いですからアレについては今は内緒でお願いしますわね」
三人娘にだけは、魔法が使える事をザックリと説明してある。他の人々にも隠す必要はないのだが、何もエルダの誕生日会で魔法の話をして場をさらう必要はない。
「リュールが用意した飲み物だから、冷たいのにも違和感が無いみたいだね。誰も全く気にしてないよ」
「それはそれでどうかとは思いますわ…。皆さん、私を何だと思っておられるのかしら…」
三人娘は『魔王』という単語を飲み込んで、素知らぬ顔で飲み物のお代わりを配りに散らばっていった。老人達の為に熱い薬茶を淹れる準備はしてあるのだが、食後まで出番はなさそうだ。
アマンダ達が少し離れた場所から、それぞれに持ち寄ったり午前中にリュールが往復して用意しておいた食べ物の盛り付けが終わったと声を掛けてきた。
「うわぁ!!本当にご馳走だね!!すごーい!!」
歓声を上げ、手を叩いて大喜びのエルダ。目の前に置かれた大皿に釘付けになる様子に、周りの人々の笑みはますます深まる。
町から来てくれた人々も食べ物を差し入れてくれた為、大皿には乗りきらなかった料理も控えていたのだが…あっという間に人々の胃袋へと消えてゆく。
エルダがリスのように頬をパンパンにしてニコニコと美味しそうに食べる様子につられて、町の老人達ですらよく食べている。
笑い声や賑やかな話声の飛び交う楽しい昼食会になった。
町の雑貨屋の店主は『最近食の細くなった老母がモリモリと食べているので安心した、招待してくれて本当に有り難う』と、こっそりとリュールに礼を述べた。
人々が満足顔でぽっこりお腹をさすっているのを見て、リュールが薬茶を淹れ始める。
リュールを手伝って給仕役をこなしてくれていた三人娘は遅れて昼食のご馳走に舌鼓を打っており、町の主婦が薬茶を配る役を自主的に引き受けてくれた。
「リュール嬢ちゃんの薬茶は格別だねぇ、五臓六腑にゆるゆると滋味が届いてくようだよ。はぁ、エルダ嬢ちゃんの誕生日のおかげで、婆も長生きできそうだ。ありがたやありがたや」
「ホッとするんだよね、リューちゃんの薬茶。エルちゃんは毎日リューちゃんの薬茶を飲むからいつも心穏やかでニコニコしてるのかね?」
人々の漏らす言葉の擽ったさに、つい頬が緩むリュールがエルダを見れば「リュールの薬茶は最高なんだよ!」と得意顔で人々に自慢している。
周りは周りで、そんなエルダを見て相好を崩している。ほのぼのとした微笑ましい光景に人々は皆、寛ぎながら平和なお誕生日会を満喫してそれぞれに帰路へとついて行った。
元々頼んであった三人娘の他、ご近所さんの協力もあって片付けは早く終わった。
プレゼントの山を家の中に運び込むのまで手伝ってくれた三人娘とテーブルを囲み、昼食会の大成功を祝して労いのささやかなお茶会をする。
「リュールも三人も、本当に有り難う!凄くすごーく楽しかったよ。最高のお誕生日会を有り難う!!暑い中、色々と大変だったよね?あんなに大勢でご馳走を食べれて嬉しかったし、本当に有り難う!」
喜色満面、幸せ絶頂という顔のエルダが深々と頭を下げる。
三人娘は『私達は友達の誕生日を全力で祝っただけ、楽しかったなら大成功。良かった良かった』と満足顔。
三人娘達が仲良く帰路へつき、普段着に着替えたリュールは昼間に持ち出していた食器類や道具類の片付けを始める。
エルダも寛いだ格好でプレゼントの花束を花瓶へと活けたり、菓子類を涼しい場所へと移している。
「エルダ、そろそろ晩御飯にしましょ」
すっかり日が落ちて、昼間にたらふくご馳走を詰め込んだエルダのお腹も『ばんごはーん!』と要求するように空腹感を訴えている。
「賛成!でも、晩御飯…?今から作るの??」
首を傾げるエルダに、悪戯っぽい顔のリュールがテーブルについて待っているように告げて二階へと上がって行く。
二階から戻ったリュールは、布を被せた籠を抱えている。
「今夜の晩御飯はコチラですわ」
籠から取り出してエルダの前へと恭しい手つきで置いたのは冷め切っているパイ。
「…パイ?あっ、もしかしてあのお店のパイ!?」
「大正解ですわ、エルダのお誕生日なので奮発してみましたの。冷めたままでも美味、温め直しても美味、のアレですわね」
リュールが用意したのは街で一番人気の高級料理店で、入手困難と言われるお持ち帰り用の個数限定パイ。
「前に食べたいと言ってたでしょ?お誕生日の夜に相応しいと思いましたの」
ニコニコと『悪戯成功!』とでも言いたげな顔のリュールに、エルダが感動の涙を目尻に浮かべる。エルダが食べたい、と言ったのは引っ越してきて間もなくの事。それを覚えていてくれた事、入手困難なはずのパイを用意してくれた事。
リュールのエルダへの気持ちに、涙がポロリと零れた。