東へ進め!真夏の街と竈
エルダの誕生日を数日後に控えて、支度はバッチリ。夏祭りや新規の納品でドタバタしたものの、密かに少しずつ準備しておいたので支障は無い。
新規納品とその後の生活棟でのあれこれを終えて帰宅、それぞれにお気に入りのパンを食べながらリュールがエルダに誕生日の計画を説明する。
「朝はいつも通りでお昼はご近所の皆さんと公園広場でお昼ご飯を囲んでお祝い、夜は…ふふ、楽しみにしていてくださいな。ざっとこんな流れですけれど、宜しくて?」
「うん!今から凄く楽しみだよ~」
キャッキャとはしゃいでいる内に寝る時間になり、しっかりと戸締まりを確認した少女達は軽やかな足取りでそれぞれの部屋へと向かった。
翌朝、リュールが裏庭でせっせと洗濯物を干している最中にエルダが朝市で買い物を済ませて上機嫌で帰って来た。
「ただいま、手伝うね!」
「お帰りなさい、エルダは朝ご飯までゆっくりしていてくれて良いのよ?」
「早く終わらせて朝ご飯にしようよ。朝市で美味しそうなトマトが凄く安く買えたんだよ~」
鼻歌混じりで洗濯物を干すエルダと、美味しそうなトマトと聞いてキビキビと残りを干してゆくリュール。
「まぁ、本当に美味しそうなトマトね!宝石みたいですわ、それになんて大きいのかしら。うふふ」
「ね、凄く美味しそうでしょ。3個買ったら1個はオマケしてくれたんだよ!それに、トマト以外にも良い物買っちゃったんだよね~えへへ」
「蒸し鶏の薄切りまで朝市で買えましたの?これは…サンドイッチにするべきですわね?チーズも入れて朝から豪勢にいきましょ」
「やったぁ!」
せっせとサンドイッチを拵え、大ぶりなトマトを一つサラダにする。青臭さも微かに残しながら、甘く瑞々しいトマトにリュールが上機嫌だ。
エルダもトマトとチーズの組み合わせに、塩気のきいた鶏肉入りのサンドイッチにかぶりついてご満悦だ。
「朝から幸せですわ…」
「お腹いっぱい、大満足!残りのトマトはお昼にスープにする?それともまたサラダにしようか?」
「サラダでお願いして良いかしら?最近、熱いからスープは遠慮するわ。でも、エルダが食べる分はサラダではなくスープにしてくれて構わないわ」
「んー。私もサラダにする。昼間は暑いから竈の傍に居るのが億劫だもん」
昼ご飯の相談を済ませて、エルダは作品作りに二階へと上がって行く。リュールは食器やテーブルの上を片付けると、勝手口から裏庭へ出た。
洗濯物が風にはためくのを満足げに眺め、小さな納屋へ。雨風を避ける為に内壁にぶら下げておいた薬種の状態を確認し、問題無さそうだと一安心。
勝手口を開け放ったまま中へと戻ると、風が室内を吹き抜けてゆく。一陣の風のもたらした心地良さに思わずにっこり。誰に向けるでも無い笑みを浮かべたまま、リュールがふと思いつきを口にする。
「氷と風の魔法が使えたら、夏も快適そうですわねぇ」
昨日、領主館で得た知識の欠片を引っ張り出して頭の中で転がす。
洗って伏せておいたマグカップを手に取り、椅子に腰掛けて深呼吸を一つ。掌で包むように持ったマグカップに意識を向けてブツブツと呟く。
「お湯は出せたのですもの、次はまず、冷たいお水からですわね…。冷たいお水、冷たいお水…」
目を閉じると、階上からエルダの作業する音が遠く微かに聞こえる。
じっとしていても汗ばんだ肌を汗が伝い落ちてゆくのを感じる。静寂の中に思考を霧散させて、己の内側へと意識を落とし込んで暫く。
サラサラ、サラサラ。
リュールの内を巡る魔力を見つけた。意識の内側で魔力を掴んだまま、清らかな水を想像すると掌のマグカップにヒンヤリとした感触を覚える。
目を開けばマグカップには水。確かな冷たさを纏う水にリュールがにっこり。匂いを嗅いで、躊躇いなく口に含む。
無味無臭のよく冷えた水だ。飲み込むと、清涼感が喉から胃の腑まで流れ落ちる。
「冷たいお水が出来たのですもの、氷も出来ますわね!あら…でも……既にあるお水を冷やす事も出来るかもしれないわよね?」
マグカップの冷水をグビッと飲み干して、伏せてあった別のマグカップに水瓶から水を汲んで意識を集中する。
「…………ちょっと難しいですわね。ふぅ。良い考えだと思ったのですけど。冷たいスープ、食べたかったですわ…」
残念ながら、汲んだ水を冷やすのは失敗に終わった。
「リュール?何やってるの??」
エルダが階段を下りながら尋ね、冷水を出す事は出来たが汲んだ水を冷やすのには失敗したとリュールが答える。
「失敗は失敗だろうけど、氷が出来たんだもん凄いよ!ねぇ、ちょっと触って良い?…うわぁ、冷たーい!!気持ち良いね~」
マグカップの中身はカチコチの氷。上手く力加減が出来ず、冷やすのを通り越して氷結させてしまったとリュールが唇を尖らせる。
「上手く出来たら内緒でスープを作って冷やして、お昼にエルダを驚かせようと思いましたのよ」
「そっかー、ちょっと残念だったね。ん?んんん!ねぇねぇ、今からトマトを凍らせたらお昼には溶けて程よく冷えたトマトにならないかな!?」
「素敵ね!!試してみましょう!!」
二人並んでトマトを片手に集中。
リュールのトマトは変化無し、エルダのトマトも変化無し。
「そう簡単にはいかないねぇ、暇を見て魔法の練習もしようか。明日は朝からスープを作って凍らせておいたらどうかな?」
「そうですわね、急ぐ事でもありませんし。地道に頑張りましょ。せっかくですもの、この氷は薬茶に入れて飲みましょうか」
薬茶を飲みながら、他愛ない話をして一休み。エルダが作業に戻ると告げると、リュールも医薬品作りを始めるべく二階へと上がっていった。
その日の昼に食べたトマトのサラダ、リュールが大興奮する程の完熟した最高級の味でエルダは「大当たりだったね!」とニコニコ。
まさか、己の魔力の影響だとは露にも思わぬエルダであった。




