東へ進め!ボンクラじゃなく…
夕暮れが迫る頃、少女達は砦までエルディオンに送られて仲良く帰って行った。
「僕、ちょっとヴォルテン殿の所へお邪魔してきます」
マリリオンは意気込んで執務棟の歴史資料部へと出向いて行き、部屋には辺境伯夫人のエルディナと、その息子のクルスだけが残っている。
「…アルテミア嬢とレアンドリア嬢がお嬢さん方に執着する理由がこれで明らかになったな」
第三王子殿下とその婚約者候補達が、平民となった少女達に執着する事に誰しも違和感を感じていた。
魔力保持者という特殊性に加えて、平民となった経緯が経緯だけに陣営に迎え入れた時の世間の評価など…メリットも少なくはないが、ルゴール辺境伯の不興を買ってまで少女達に執着するのは妙だ。
しかし、少女達の話から推測するにアルテミア嬢とレアンドリア嬢は恐らく【禍津鍵】の件で魔力や人気獲得以外のメリットを少女達に見出している。
そうなると、異常なまでの執着ぶりにも納得が出来る。少女達にも迷惑だろうし、少女達を気に入っている辺境伯領地としても迷惑極まりない話でしかないのだが。
「アルス兄貴に報告しておく。恐らくはエルディオン達とは別口で探る事になるが、高位貴族令嬢が魔物絡みで暗躍するとは世も末だな」
「高位貴族令嬢とはいえ、第三王子殿下の婚約者候補に過ぎない事を思えば『やり過ぎ』ですけれどね。事と場合によっては公爵家が減ったり、宰相が変わるだけでは済まないと分かっているのかしら?」
領地内では庶民的、善良なルゴール家の人間。だが、領地の外へと向ける顔は別物だ。
自分達を慕って敬愛してくれているあの平民の少女達には見せたくない顔だが、領地や領民を守る為なら冷酷にも非情にもなるのがルゴール家の人間。
「第三王子はお嬢さん方の身元を引き受ける!って一時は張り切ってたんだろ?アルス兄貴に一喝されてからは話を聞かないが、お嬢さん方への執着は無いと見ても問題無いよな?」
「見栄を張ってアルテミア嬢に対抗しただけでしょうから、問題無いわね。それに、第三王子殿下は近い内にそれどころでは無くなるはずよ。今朝方、愉快なお手紙をくださったもの」
愉快な手紙?と、クルスが首を傾げるとエルディナがコロコロと笑いながら説明した。
「ボンクラじゃない、ただの馬鹿だ…………」
散々己も笑い転げたクルスだが、落ち着くと今度はがっくりとうなだれた。
愉快な手紙の内容を要約すると『婚約者を確定しろとせっつかれるが、婚約候補ではない伯爵令嬢を愛しているので王子やめてソチラで平民として暮らしたい』になる。
ルゴール伯は無言で手紙をマルスに、マルスはアルスへと押し付けたそうだ。
「王太子はそれなりにマトモだって言うが、第三王子の兄貴なんだろ?この国…大丈夫かね?やれやれ、けったいな事だ。高位貴族のご令嬢から王族がこんな非常識揃いで、それを放置してる大人達が国の要達とは情けないぜ。ま、だからといって辺境伯領家が積極介入してやる義理もないんだけどな」
「そうねぇ。アルスが王城にお返事を早馬で出したはずだから第三王子殿下はあの子達に関わるヒマなんて無くなるのは確かね」
「昨夜から砦に籠もってて良かったぜ。下手したらその愉快な手紙の返事をアルス兄貴から押し付けられていたかもしれん…」
今朝、実際に執務棟から生活棟まで走って来たアルスに「クルスはどこです?」と尋ねられたエルディナは苦笑いを浮かべている。
「ただいまー。あれ、マリリオンは?」
「おぅ、お帰り。ヴォルテン殿のトコへ行ってるが、その内に戻るんじゃないか?」
「ふぅん。あ、そういえば砦までアイツらを送って行ったついでに砦を覗いたけど、オヤジもジーチャンも今日は早く帰れそうだってよ」
「あら、晩御飯の仕度を早めるように言っておこうかしら」
「うん。帰ったらすぐに食べれると嬉しい、飯の後でお嬢さん方の話を聞かせろよ!だってさ」
エルディナがいそいそと部屋を出たのと前後して、執務棟からマリリオンが伯父のアルスを伴って帰宅した。
アルスは婿入りした身なので生活棟にはマリリオンを送ってきただけなのだが、件のご令嬢方の話をマリリオンから聞いたのだろう。意味ありげな目線をクルスに向けた。
「クルス、明後日の朝に執務室に寄ってくださいね」
「リョーカイ。明日はチビ助の誕生日だろ?水入らずで楽しんでくれよ」
素直に頷いたクルスが、次兄に向かって柔らかな目線を送る。
「ありがとう。プレゼントも毎年娘達が喜んでいますけどね、末娘ももうチビ助ではありませんよ。小さな淑女の将来の夢はクルスのお嫁さんだそうで、父としても兄としても複雑な気持ちになるのでさっさとクルスも嫁を貰ってしまってくださいよ」
小言を口にしつつも柔和な笑顔のアルスが愛娘達の待つ家へと帰って行く。
「チビ助の誕生日、明日だったんだ。やべ、忘れてた!」
「兄上の名前で花とリボンを贈るように手配してありますよ。去年、兄上が『俺、来年も多分忘れるからこの金で用意しといてくれ』って仰いましたけど、やっぱり忘れてましたね?」
「そういえば頼んでおいたんだったな…。いやぁ、焦ったぜマジで。ありがとな、マリリオン。出来た弟で助かるぜ!」
マリリオンの薄い肩を抱いて、エルディオンがケラケラと笑っている。そういえば、長兄のマルスも昔こんな風に次兄のアルスにあれこれサポートされていたな…と、三男のクルスは懐かしい思い出に笑みを深めて甥っ子達の仲の良い遣り取りを眺めていた。
ルゴール伯とマルスが帰宅して、普段より早い晩餐を家族揃って和やかに囲む。
その頃、少女達は二人仲良く食卓についており、モグモグと平民パンをかじりながらエルダがリュールの『計画』に耳を傾けていた。