東へ進め!目の毒、気の毒
魔王の母は少女達に噂の話をさせながら、可愛らしい肉球パンチを少女達の身体のアチコチへと繰り出す。
痛くはないのだが、肉球パンチの度にパチッと青白い火花が舞う。
『そなた達に刺さる【禍津鍵】は抜いたが、魂に隙間が少しできたのう。剣呑な噂の話もあるようだし、彼の君を呼ぼうかの』
黒猫姿の魔王の母が、瞳を金色に光らせて毛並みを逆立てて咆哮をあげる。魔王が飛び起きてリュールとエルダの真ん中に潜り込んできた。
『はぁ~い、呼んだぁ?あらあらあら~??ココはドコで私は可愛い精霊さんで、あなたは女帝様よねぇ??』
寝ぼけ気味でぐずる魔王をあやしていたら、野太い割に媚び媚びした口調が聞こえた。
だが、声のした方を見ると虹色に淡く輝く蝶のような羽が生えた掌より少し大きい精霊がふわりふわりと浮いている。
少女達に背中を向けているが肩を隠す髪はパステルグリーンで、身体に緩く幾重にも巻きつく布は肩のパステルブルーからグラデーションでつま先の辺りでパステルピンクへと変化している。
装飾品のようなものは見えないが、両肩と両足首に蝶々結びがあるのが可愛らしい。
『とっても可愛い精霊さんですわ…、素敵…私、とても感動しておりますわ』
『本当…神秘的なのに暖かく柔らかな御髪の色とお羽ですし、お身体を包む布も美事な品ですわ…』
リュールがとエルダがそれぞれにうっとりと呟くと、精霊が振り向いた。
振り向いたらちっとも可愛くない。幻滅どころか戦慄で鳥肌がたった。
エルダが咄嗟に魔王へと視線を落とすが、哀れなリュールは髭面で脂ぎった草臥れた顔で悪夢のような格好の妖精と目があってしまって金縛り状態になっている。
『やぁん、素直な可愛いお嬢ちゃん達ね!あららっ、たぁいへぇん!魂にヘンテコリンな隙間があるわ。ダメよぅ、このままだとすぐコロンと逝っちゃうわ。精霊の愛で塞いであ・げ・る!キャハ!』
正面から見たらミニサイズのオッサンが太めの裸体に綺麗な布をグルグル巻きつけただけ、布の隙間から見える胸毛とすね毛が妖精の羽ばたきにあわせてそよそよと揺れている。
リュールの精神が逝きかけた所で、妖精が『ふんっぬうううううああっ』と野太い声で唸って小指サイズのパステルオレンジの光の玉を少女達に投げつけてきた。豪速球で。
身体に触れるや否や、淡雪のようにふわりと溶けてしまった。特に痛くも痒くもないし、有り難い感覚もない。
強いてあげれば、精神的になんか辛い気がするだけだ。
『うふー。慈愛の精神で良い仕事しちゃったわぁ。で、女帝チャンたらご用事なぁに??』
『その娘達の魂の隙間を埋めて貰い、人の世の不可解な動きを伝えておこうと思ったのだが。珍しいの、お主が人の子に進んで慈愛を与えるとは』
『イヤァン、この子達ってば可愛いんですものっ!それにぃ、まだピュアっピュアだから私達精霊と近いもの~。ちょっとなら贔屓しても問題ないのよぅ?』
魔王母が廃人リュールとげっそりエルダに気の毒そうな顔を向けるが、猫姿なので分かりにくい。精霊は得意気に『サービスで精霊の加護付きよぉ』と鼻息荒くふんぞり返っている。
『不可解な動きってぇ、穴を開けてるお馬鹿さん達ね?私達も気付いてるけど人の世とは関わるつもりはないから~、なぁんにもしないわ。ウチとの壁には届かないみたいだしね。あ、でも、この子達は別よ?たまーに加護付けた子には関わるぐらいで後はしーらない。でも、女帝チャンが何かするなら考えなくもないかもなのかも~』
魔王母はフンフンと聞いて、尻尾をパタパタ。
『忙しいお主を呼びつけて悪かったが、妾も人の世と関わる気にはならぬな。したが、この娘達は気に入ったからの。どれ、妾もお主の真似事でもしてみようかの。加護やら魂の修復は出来ぬとも、種を分けるぐらいは出来ようぞ』
リュールの膝に飛び乗って、頬にプニッと肉球スタンプ。エルダにも同様に肉球スタンプ。
精霊と違って精神を抉る事はなく、寧ろ魔族で魔王の母の黒猫姿の方が少女達の荒んだ心を癒した。膝に乗っても重くないし、膝を撫でる尻尾の毛並みも艶々。しっとりめの肉球のプニッと吸い付く感触も大変宜しかった。
『これでそなた達にも多少の魔力が芽生えようぞ。その魔力で以て何を為せとも言わぬ故、使うも使わぬも自由。弱きそなた達の心の支えとなれば良いと妾の酔狂じゃて。ではの、我等は我等の世へ帰る。さらばなり、娘達よ』
『え?もうお別れですの、ええと、ご親切にありがとうございました、どうぞお元気で!』
『私も忙しいから帰るわぁ、バイバーイ』
『ありがとうございました、魔王様のお母様も、精霊さんも、感謝しておりますわ!』
『待って~、ママン!僕を置いてっちゃダメっ!あ、でも、おねーちゃん達にコレあげる!バイバイ』
慌ただしく消えて行くが、最後に魔王が紫色の閃光を少女達へ向けて放った。
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「中身は子供でしたので加減を知らないのでしょうが、魔王ですのよ?私達そのまま気絶して朝まで床に転がっておりましたの」
「おかげで風邪を引いてその日と次の日に学園をお休みしちゃったんだよねぇ…」
少女達が「以上です」と、話を締めくくった。
放心状態のクルスに代わって、エルディナ少女達へ礼を告げる。エルディオンが『そろそろ昼御飯にでもするか?』と提案して、一旦休憩を入れる事になった。
少女達が幸福そうな顔で昼食を堪能しているのを眺めながら、クルスは長く荒唐無稽な少女達の話を頭の中で反芻していた。
荒唐無稽ではあるが、少女達を疑う気持ちは全く起きない。だが、少女達の話を聞いて少しは魔物や鍵に対する長年の疑問にヒントが見つかるかと思っていたのが想定外に疑問が増えるだけになってしまった事には大いに戸惑っている。
食後、何から尋ねるべきか考えが纏まらないクルスに断りを入れてマリリオンが二人に質問をした。
「ヤーシュカ嬢には何も起きなかったのですか?」
マリリオンの問いに、少女達が顔を見合わせて肩を竦めた。
「特に何も無かったようですわ。殿下との婚礼の夢を見たそうで、翌日はこれは予知夢!と大はしゃぎだったそうですの」
「えー?なんかズルくねーか、なんでヤーシュカ嬢は何ともないんだよ。氷漬けになるとこだろ、そこは」
「私達も、不公平だよね!って言ってたけどね。アルテミア様とレアンドリア様がお見舞の品に凄く美味しいお菓子を内緒で下さったけど、ヤーシュカ様からはお見舞は無かったし」
少女達は美味しかったお菓子の話でキャッキャしているが、エルディオンとマリリオンは難しい顔になっている。