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東へ進め!パンと馬車

東の辺境地にある、二人が住む町にも冬の使者たる雪が舞い降りて辺り一面の銀世界。


「寒いですわねぇ、お洗濯は明日にしましょ」


「賛成!こんな日はお洗濯も掃除もお休みよ」


リュールの提案にちゃっかりと掃除の放棄も付け加えたエルダの手には、平民パン。

湯気の上がる野菜スープを味わいながら、エルダは今朝も元気に平民パンをかじりながら上目遣いにリュールを見る。


「こんな日は…水汲みを横着しても大丈夫だと思うの」


二人の家の近くには小川があり、生活用水の大半は小川からちまちまとバケツで汲む。

飲料や食事、医薬品作りに使うのは井戸水で、こちらは小川と反対方向にある町の共同井戸の一つから汲む。組んだ水はやはりちまちまと家まで運ぶ。


空き家に住みだして以来、二人が魔法で『横着』をしたのは指折り数える程度。魔法が使える事を秘匿する理由は貴族籍とともに失っているが、二人は未だに秘匿し続けている。


「そうね。でも、お洗濯も掃除もお休みなら昨日の残りで足りそうだもの、わざわざ魔法を使わなくても良いわ。私、今日はお薬を作る予定もないの。あら、もしかしてエルダは工芸品作りの予定かしら?」


「編み紐を仕上げるだけよ。私もお水はいらないわね。では今日は洗濯もお掃除も水汲みもお休みね!」


朝食が済むと机を片付け、エルダは編み紐の仕上げに取り掛かる。リュールは静かに読書に没頭している。


「ふー。出来た出来た!うん、完璧ね」


「あら、お疲れ様ね。エルダは本当に器用ねぇ」


本から顔を上げて完成品の編み紐に見惚れるリュールに、エルダがはにかむ。作品と道具を片付けると、リュールが二人分の自家製薬茶を淹れていた。


「リュールは何を読んでいたの?新しい小説?」


この東の辺境において平民の識字率は割と高いものの、まだまだ書籍は嗜好品扱い。買えば高い書籍は、領地内を巡回する貸本屋で借りて読むのが一般的だ。


「いいえ、魔法に関する本よ。エルダも読む?」


読書家のリュールと違い、さほど本好きではないエルダは首を横に振る。


「魔法に関する本まであるなんて、貸本屋さんには色んな本があるのねぇ」


「これは偶々仕入れたみたいで、普段は童話や娯楽小説ばかりよ。誰も借りないからあげる、ってタダでくれたの。お礼に蜂蜜飴と喉飴を差し上げたけど、この本は買えばかなり高値のはずなのよね」


やや腑に落ちない様子のリュールと、納得顔のエルダ。


貸本屋が来る度にお小遣いの大半を注ぎ込むリュールは貸本屋の上得意だし、貸本屋のお兄さんはリュールにやけに好意的だ。


「そうそう、この本以外にも今回は『妖精と私』が入っていたわ。懐かしいわね。その本も偶々仕入れたそうだけど、借りる人は居ないらしいわ。くれると仰ったけど遠慮しておいたわ…」


懐かしいタイトルにエルダが吹き出した。


学園時代に教材として読んだ覚えがあるが、それは著者である教師の職権乱用のせいで読まされただけだ。


著者である教師の『妖精のように美しい私』の生い立ちと自慢しか書かれておらず、この本を読むのを強制されて得るのは単位だけ。失うのは読了までの短い時間と感想文を書き終えるまでの長くて苦痛な時間、本の代金だ。


「私のあの本、退寮の時にうっかりそのまま置いてきてしまったわ…うっかりなのよ。本当にうっかり」


「あら、私もよ。うっかりと寮の暖炉の前に置いてきしまったの。わざとじゃないわ、うっかりなのよ」


そんな本をくれると言われても、要らない。貸本屋のお兄さんには申し訳ないが、できればあの本は早く処分…もとい、陳列棚から下げて欲しいと願うリュールだった。




他愛ない話をしているところに『ルゴール伯の使者』と名乗る人が来た。



ルゴール伯からの突然の呼び出しに、あたふたと用意を済ませた二人を乗せて馬車は進む。町を出て一路、ルゴール伯の住まう領主館へ向かう。


馬車の中で少女達は肩を寄せ合ってパンをもぐもぐ。


使者の青年は事前に二人から「まだお昼を食べていないので、馬車の中でパンを食べても良いか」と聞かれて「好きにしたまえ」とは答えたが、本当にパンを食べ出した二人に呆れている。


「ご馳走様でした。エルダ、パン屑ついてます?」


「大丈夫。私は?」


一応、その辺りを気にするだけの常識はあるのかとホッとする使者の青年。


パンを食べ終えた二人の身繕いも終わり、馬車はルゴール伯の館に到着した。町からこの館のある街まで近いとは知っていたが、来るのは始めてだ。


東の領地で一番大きな街を背後の丘の上から見守るようにして領主の住まう館がある。



「大きな街ですのね、ほら凄い眺め!眼下いっぱいぜーんぶ街よ、お家がこんなに沢山あるなんて壮観ね 」

「まぁ、本当に!きっと色んなお店もあるわね、今度ゆっくり街歩きに来ましょうよ」



緊張感はどこに置いてきたのか、あの家か?それとも馬車の中か?と、はしゃぐ二人の少女を見ながら使者がちょっと現実逃避する。


それでも、出迎えの騎士が咳払いすれば少女達は大人しくなり、さすがは『元貴族令嬢』と言える優雅な振る舞いで案内された部屋へと進んだ。

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