東へ進め!泣き虫な魔王様
ヤーシュカ嬢の子分扱いで学園に入学後、少女達は一年間ヤーシュカ嬢が婚約候補ではないのに殿下と仲睦まじい伯爵令嬢への嫌がらせの手伝いを山ほど命令されていた。
「私達、実際には命令の殆どを遂行しておりませんけれど。おまじないならば進んでお手伝いしましたわ」
伯爵令嬢への嫌がらせではなく、第三王子殿下とヤーシュカ嬢の恋のおまじないならば誰にも迷惑がかからない。
それに、攻撃命令を無視したり故意に失敗ばかりしてばかりの二人なので、それなりに『子分として頑張ってます』アピールには都合が良かった。
「秋の終わり頃に学園に『おまじないの噂』が流れて、それが恋のおまじないでしたの。ヤーシュカ様は案の定それに飛びつかれましたわ」
満月の夜に手鏡を持った清らかな乙女と、小刀を持った清らかな乙女が生け贄の血を被って手を繋いで66歩進んでその場で手を繋いだまま互いの持ち物を交換する。満月を鏡に映して、小刀で鏡に映った満月を6回切る。
済んだら速やかにその場から去り、鏡の裏に被っていた血とは別の生け贄の血で想う男の名を書く。小刀の刀身には自分の名を書き、誰にも見られないように6日間枕の下に入れておくと七日目の夜に奇跡が起きて二人は結ばれる。
「いやそれ、オカシイだろ。生け贄の血とか思いっきり呪いじゃねぇか」
エルディオンが『おまじない』の内容を聞いて突っ込む。
「私達もそう思いましたが、やれと言われたら大人しくやるだけですわ。秋の終わりの肌寒い満月の夜に、それはもう真面目にやりましたわよ。事前に手順を再三叩き込まれたせいで、まだハッキリと覚えてましてよ」
「満月を映した鏡を6回切った瞬間に使用人さんに取り上げられて真夜中に外で血まみれのまま放置されて、二人でメソメソしながら部屋へ戻って身を清めたよねぇ」
それから6日間はとても平和だったという。ヤーシュカは上機嫌だし、部屋を留守にするのがイヤなのか授業が終わると即寮へ帰って部屋に引きこもるお陰で少女達は学園の図書館で気ままに本を読んだり、心ゆくまで二人でお喋りしたりと自由を満喫していた。
異変が起きたのは、7日目の夜。
「その日の授業後、エルダが図書館でとんでもない物を見つけましたの。私達が行ったのと途中までは同じ方法の、呪いに関する記述でしたわ」
「読んでたのは南方の工芸品に関する古い書籍で、その中に手鏡と呪い・南方の口伝継承の歴史っていうオマケみたいなページがあって『魔物の召還と呪殺の儀式』だもんびっくりだよ」
クルスが息を呑んで固まる。
「手鏡の満月を切った後が違ったけど、儀式の方だと刀で生け贄を切って呪いたい相手を強く念じるとか色々あったかな。6日後に鏡に向かって呪いの言葉を吐くと魔物が呪いたい相手の元に向かうとかなんとか」
「とても嫌な気分になりましたわ。だって、失敗すると災いの鍵が乙女の魂に刺さり、呪殺を行おうとした者は氷漬けになるなどと書かれておりましたもの」
エルディナの頬が引きつる。氷漬け…ヤーシュカ嬢が最北の修道院【氷の棺桶】に収監されているのは偶然…?
「一人じゃ心細いからその夜は一緒に寝る事にしたの。リュールと一緒だから安心して直ぐに眠っちゃった。エヘヘ」
「寝苦しさで目覚めたら、魔物…ではなく、魔王が私達の上におりましたの。…言っておきますけれど、私の兄弟ではありませんわよ」
ジロリとエルディオンを横目でリュールが見るが、エルディオンはポカンと口を開けて突拍子も無い話に唖然としている。クルスが話の続きを促した。
「その魔王は『ココどこ~?僕、お家に帰りたいよぅ。おねーちゃん達、助けてェ』とピィピイ泣き喚いてやかま…うるさ……賑やかでしたの」
「あの時のリュール寝起きですっごく機嫌悪かったよね!アハハ、魔王様をベッドから蹴り落としたせいで大泣きさせたのなんてリュールが初めてなんじゃないのかなぁ?」
ルゴール家の人々は自分達の耳を疑った。
「魔王は図体だけは大きくて、中身はまるっきり子供でしたわ。外見だけならば物語の怖い魔王そのものでしたが」
え、デカい図体の魔王を蹴り落としたのか?ああ、酔っ払いとはいえ男を蹴り一撃で撃沈させていたのだから、おかしくないのかもしれない。それに、放浪の豪腕リーナ姫の娘なんだし………と、ルゴール家の人々は俄には信じられないような驚愕の内容を少し受け入れ始めている。
「嫁入り前の令嬢の寝室に侵入する不届き者を蹴り落としたのは正当防衛ですが、あんなに泣かれると恐怖も薄らいでしまうし、此方が酷い事をしたみたいで居心地が悪かったですわ」
恐怖感、あったのか!!と、エルディオンは地味に驚いた。
「物語の魔王様と同じ外見で、わんわん泣くし大の男が幼児そのものな喋り方って怖いより気持ち悪さが勝っちゃうんだもんねぇ。普通にお話してくださる?ってついお願いしちゃったよ、アハハ」
学園時代はエルダ嬢も令嬢口調だったんですねー…とマリリオンがやや現実逃避気味だ。
泣き止んだ魔王とアレコレ話しても、魔王は『いつもは閉じている扉が開いていたから覗いただけ、気づいたらここにいた』としか分からないらしい。
「三人で困り果てていたら、魔王のお母様がお迎えに来られて本当に助かりましたわ。魔王と違って威圧感が物凄かったですし、思考すら麻痺する恐怖感で震えが止まらなかったのですが、魔王が『ママン、この子達が困るから、メッしちゃダメ』と言ったらなぜか可愛い黒猫さんの姿になって下さいましたの」
猫姿のお蔭なのか、威圧感やら恐怖感は払拭された。その姿で少女達に向き直って話かけてきた。
『最近中途半端な儀式で壁に隙間をこじ開ける人間達がおるようだの?此度は我が子が不注意で勝手に落ちた故、回収に参ったが…。我が子が世話になったようだからの、礼にそなた達に刺さる【禍津鍵】も抜いてやろう』
『まがつかぎ?とは何でしょうか、魔王さんのお母様?』
エルダが大真面目に尋ねたのだが、魔王は『まおうさんのおかあさま…』とたどたどしく復唱し、魔王の母は猫姿で狂ったように高笑い。
散々笑ってから、教えてくれた。
『魔王さんのお母様は機嫌が良い故、教えてやろう。【禍津鍵】とは魔物の世と人の世を隔てる扉を開ける道具。他にも【鍵】はあるが、【禍津鍵】で人の世から開くのは魔物の世のみだ。我等魔族の世とは繋がらぬし、妖精や精霊の世とも繋がらぬ』
『中途半端な儀式で壁に隙間をこじ開けるのに、一種類限定の鍵を作るなんて間抜けですわねぇ。それと、学園に広がる噂と何か関係があるのかしら?』
『間抜け……そなた達、誠に面白おかしい娘達だの。して、噂とはなんぞ?』
魔王は床でウトウトしているが、魔王の母は二人が気に入ったそうで、少しだけ付き合ってくれると言うのでお言葉に甘える事にした。




