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東へ進め!夏祭り⑩夏祭り終了!

夏祭りの締めは、華やかな音色と陽気な歌声にあわせて思い思いに気儘なステップを踏むダンス。


ダンスといっても、貴族が嗜むようなお上品な物ではない。千鳥足のオジサン同士の無粋な組み合わせから、祖母と踊る小さな男の子のほのぼのとした組み合わせまで様々だ。


公園広場から溢れ出て、大通りでも踊る者達が見える。


大人しい飼い猫を抱いてクルクルクルクルと周り続ける女の子の近くでは、その母親がニコニコとその様子を見ている。


路地裏では少年と少女が真っ赤な顔でぎゅっと手を繋いで拙く甘酸っぱい雰囲気だ。同じ様なカップルが点在しており、夏祭り最後の夜に甘い空気が路地裏に充満している。



「お、俺と踊らないか!」


「待て待て待て、俺の方が先だっ!さっきから狙ってたんだからな!」


「それを言うなら僕は春からすーーーっと誘おうと思ってたんだけど?」



青年から少年まで、ダンスのお誘いが殺到している。申し込まれた少女達は、二人仲良く一曲踊り終えたばかりだ。



「モテモテじゃねーか、お前ら。よし、それなら俺も立候補するぜ」



エルディオンが立候補すると、周囲から一斉に棘のある視線が向けられた。


「僕も立候補しようかな。激しいステップは無理だけど、ゆっくりしたのなら大丈夫だから」


マリリオンがはにかむと、棘のあった視線に更に毒が加わったような気がする。


「私達はこのままもう一曲踊るつもりだから、エルディオン様とマリリオン様もお二人で兄弟水入らずでどうぞ!」


全く邪気の無いエルダの提案に、周囲の女性陣が嫉妬に燃え上がらせていた炎が一瞬で鎮火した。


「えー?俺とマリリオン?そんなむさ苦しい組み合わせ、誰が喜ぶんだよ」


「私が!」「見たいです是非」「有り難い光景を拝めばこの婆の寿命が延びまする!」「領民達の明日への希望であり日々の糧になります!!」


「良かったですわね、エルディオン様。皆が大喜びしてくださるそうですわ」


ニコニコとリュールが女性陣の方を示して「そうですわよね、皆様」と尋ねれば「「「勿論!!」」」の大合唱。


「そちらの皆様方も、お誘い有り難うございます。また来年に機会がありましたら御一緒できれば、と思いますわ」


「リュール、踊ろー!みんなも、踊って踊って!ほら、せっかくの夏祭りだよ!楽しまなくちゃ!」



どさくさに紛れて全ての誘いをスルーした二人。



エルディオンとマリリオンのダンスは領民に大受けで、これまでは領民に名前しか知られて居なかったマリリオンはこのダンスを以て『細いが綺麗で賢そうなマリリオン様』と認知された。



リュールとエルダのハチャメチャなステップに、ケラケラと明るい笑い声は耳目を惹きつけた。


「妖精さん達が紛れ込んでるみたいよね」


エルダの天真爛漫な無邪気さや純粋さが妖精や精霊へのイメージと重なるのか、人々はそう褒めた。

リュールは時々魔王化を目撃されるせいか、ここ最近どうも無邪気とは形容されなくなってきている。



曲目が変わったのを機に貴族令嬢だった頃に身に着けた優雅なステップを踏むと、周囲が驚嘆の声を漏らした。


「意外や意外、マトモな方も踊れるんだな!それも結構…かなり巧いじゃないか」


大貴族の子息たるエルディオンの賞賛に、人々は更に驚きの目を少女達へと向けた。

二人はドレスやコルセットも無いし、宝飾品なんて一つも身につけていない。それなのに、深窓の姫君かと思わせるような優美で上品な踊り……と、思っていたら二人仲良く躓いたようだ。


ペロリと舌を出す少女達に、増えていたギャラリーがどっと笑い声をあげた。


再びデタラメなステップで伸び伸びと踊る少女達に、人々は目を細めている。淑女らしいお上品な二人よりも、奔放で陽気な方が見ていて楽しく親しみを感じる。




夜空を焦がすように、あちこちで松明が焚かれている。




子供達やその保護者、老人達は名残を惜しみながらも家路へと向かって公園広場を去って行く。一部の飲んべぇ達は酒場や更に遠くの色街へと足を向ける。


少しずつ、公園広場から人が減ってゆく。


寂しいような、終わってしまうのが勿体ないような…。

心苦しさを伴う複雑な気持すらも楽しみながら、少女達も顔見知りに暇を告げて帰路へとついた。



終わってみれば、たったの3日間だったけれど。



様々な事があったし、色々な出逢いもあった。濃密な3日間を満喫して、心地よい疲れを噛み締める少女達。



「あっという間に終わっちゃったね~」


「ええ、本当にね。楽しい時間ほど、過ぎるのが早く感じますわねぇ」



来年の夏祭りも楽しみだし、その前にヴィーテンの冬祭りやガルテンの春祭りもある。

それらを目一杯楽しむ為にも、明日からまたコツコツと働いておこうと少女達が笑顔で話す。



「お小遣い、結構な額を遣ってしまいましたもの。張り切って納品しなくてはいけませんわ。ミドリーロのお蔭でピュアチ茶を大量生産してあるのが救いですわねぇ」


主にあの薬種ゲテモノで散財したのだが、その薬種を使って珍奇な医薬品や日常薬などが作れる。どれから何を作ろうかとリュールは楽しそうだ。


「私も殆ど遣っちゃった。でも、綺麗な飾りボタンとか珍しい薄布とか買えたから悔いは無いや。あ、でもあの銀の糸はもう一束買っておけば良かったかも~」


初日に派手に買い食いもしたが、やはり二人とも作品作りを前提とした材料の買い込みが大半を占めている。




母達とも会えたし、平民生活初の夏祭りは大満足で終わった。ベッドに寝転び、大きく伸びをして欠伸を一つ。



満ち足りたお腹と心で、少女達はそれぞれに眠りへと落ちていった。

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