東へ進め!夏祭り⑨新規納品許可証
夕刻の公園広場には大勢の人々が犇めきあって、熱気が満ち溢れている。
特設舞台の壇上では、ルゴール伯が満面の笑みで領民達に話し掛けている。口調こそいつもよりは貴族然としているが、領民達の暮らしに寄り添った暖かな言葉だ。
聴衆は歓喜の顔で耳を澄ませており、ルゴール伯の言葉の一つ一つに頷いている。
ルゴール伯の話が終わり、手を挙げると割れんばかりの拍手が鳴り響いた。人々の熱狂的な歓声に手を振り、ルゴール伯は泰然とした足取りで席へと戻って行った。
入れ替わりにエルディオンが壇上へ上がると、四方八方から悲鳴に近い黄色い声が沸き上がる。
「エルディオン様、今日もモテモテ絶好調だね!」
「うふふ、愛想笑いが引きつってらっしゃるわね」
エルダがニヤニヤと言えば、他人の不幸は蜜の味とばかりにリュールが悪い笑顔で頷いている。
「君達も年頃のお嬢さんだろうに、エルディオン様にポーッとならんのかね?」
少女達のやり取りを眺めていた中年の男性が不思議そうに尋ねるが、少女達は「全然ちっとも」「なりませんわ」と笑顔でズバッと答えた。
「あ、でもね、ピュアチのパイにはポーッとなったよ!」
「そうですわ!私事すっかりあの素敵なパイの虜ですの」
恋する乙女のような夢見る瞳で、パイのレシピ考案者である中年の男性に熱い視線を送る少女達。
「嬉しい言葉をありがとう。あれはね、元は私の曾祖母が作っていたレシピをアレンジしたものなんだよ。昔は菓子の為の甘味なんて庶民には殆ど手に入らなかったから、ピュアチの甘さで菓子らしき物にしていたわけさ」
「道理で目新しい菓子なのに、やたらと懐かしい感じがしたわけだ。あのパイこそ、特産品に相応しいねぇ。ま、私のケーキはまだまだ改良の余地があるし、次こそは特産品化を狙ってみせるけどね!」
初老の女性が話に入ってきた。彼女はケーキのレシピ考案者であり、街の有名な菓子店の店長だという。
「皆さん、そろそろ壇上へご注目くださいね。発表が始まりますよ」
新規納品許可証の選考会出品者専用の控えの場でペチャクチャしていたら、係員が苦笑いで注意を促してきた。
「一番、ピュアチのスープ。出品者、トウニョービョ。残念ながら納品許可証には今一歩届かぬが、なかなかに斬新なアイディアであった。誰とは言わぬが隠れ甘党の某家臣団重鎮の強い後押しがあった事を励みに、今後の更なる精進に期待している」
あの激甘スープは極一部に狂信的なファンを作り、レッテンの隠れた珍名物になりそうだ。
その後も納品許可証には届かない発表が続く。明言されてはいないが、どうやら評価点の低い順から発表されているようだ。
「十三番、ピュアチの石鹸。出品者、アワープ。納品許可証を与えるに相応しい一品であった!」
初の納品許可証が出た事で公園広場にどよめきが走り、少し遅れて祝福の拍手があちこちから起こった。当のアワープは、驚きと喜びで盛大に泣き出してしまっている。
ピュアチ部門で納品許可証を得たのは、三名。ピュアチの石鹸と、ピュアチのパイ、ピュアチ茶。
「リュール!おめでとう!!やっぱり、選ばれたね!!」
「嬉しいけれど、実感がありませんわ。不思議な気分ですの…」
大歓声に包まれながら、魔物部門の結果発表へと移る。魔物部門の納品許可証はピュアチ部門より多く総勢七名に与えられた。
「おめでとう、エルダ!絶対にあのぬいぐるみが選ばれると思っていたわ!でも、本当に凄いわ!!あのぬいぐるみがそのまま領主館お買い上げになるなんて!」
エルダのぬいぐるみは、選考会でぶっちぎりの評価を得た上に午前中の展示を見て『買います!』『いや俺が』『ならば私は倍額出そう、幾らだね!』と、購入希望者が殺到してちょっとした騒動になっていたらしい。
結果、領主館が購入する事を表明してその場を治めたそうだ。
納品許可証を得た者達が壇上へと呼ばれ、緊張でガタガタ震える者や真っ赤に茹で上がる者に見物客達から柔らかな視線と祝福や賞賛の言葉が送られている。
リュールとエルダも手を繋いで壇上へと上がると、見物客達から「二人ともおめでとー」と祝福の声が飛んだ。なぜか「魔王様万歳!」というおかしな声も聞こえ、エルディオンが噴き出していたが。
宵闇に染まりゆく公園広場の、特設舞台。その壇上から見た景色に一瞬心を奪われてしまう少女達。
広い広い公園広場いっぱいに集まった沢山の人々の、笑顔や弾む声に縁取られた夏の夕暮れ。人々の放つ熱気と日中の陽気の残滓が溶けた大気に、ピュアチや屋台の匂いが混ざっている。
「どうしてかしら、涙が出そうですわ」
納品許可証を得た事とは無関係に、胸がいっぱいになる。
「幸せだからだよ、きっと」
エルダが円らな瞳を穏やかに細めて遠くを見ながら答えた。
ルゴール伯から一人一人に祝福と激励の言葉が送られ、壇上の者達への惜しみない盛大な拍手喝采とともに結果発表の幕は閉じた。
控え場所に戻ると、新規納品許可証を得た者達を集めて簡単な説明と地味に分厚い手引書を渡された。
「それから、これは今回の参加者全員に贈られている記念品ですよ。割れ物ですから気をつけてね」
使い勝手の良さそうな陶器のマグカップで、底にピュアチと魔物の絵が入っている。
「可愛い~!コレも特産品にしたら絶対売れるよ!」
大喜びで受け取り、褒める少女達。手渡した係員が見る間に耳まで真っ赤になった。
「もしかして発案者は貴方ですの?」
リュールの問いに蚊の鳴くような声で「そうです…」と答える女性。普段は砦の事務官をしているそうだが、事前打ち合わせの席で記録係として出席した際に何気なく口にしたアイディアが採用されたそうだ。
「まさか落書きまで採用されるなんて思わなかったわ…」
アイディアを更に掘り下げて尋ねられたので、余白にサラサラっと描いた図案がエルディオン経由でルゴール伯の目に留まり気に入られてそのまま採用されたそうだ。
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後日、他の参加者やその家族、友人知人達から口コミが広まり、人々の熱い支持と嘆願によりこのマグカップの第二弾が限定販売された。
女性事務官が原案に描いた『サラサラ頭とフワフワ頭の少女二人組』のマグカップは即日完売だったそうだ。




