東へ進め!毛皮と軟膏
町の人達に受け入れられた事に加えて、冬の森にはさほど用をなさなくなった事から二人の生活も変わった。
「リュール、私この後は雑貨屋さんに卸しに行きますけど何か入る物はある?」
「そうね…では、石鹸を一つお願いできるかしら?」
エルダの工芸品は纏めて雑貨屋に卸し、店頭販売や町の外へ商人が売り歩く。リュールの医薬品は医師が買い付けに来るが、医薬品に分類されない物を町人から依頼されて作り、物々交換する事が増えてきた。
「分かったわ。行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
ゆっくりではあるが、二人の口調から貴族令嬢然とした言葉遣いが抜けつつある。意図した事ではないものの、その変化が町人達には「平民になろうと努力している」として好意的に解釈されている。
ごく一部からは未だに遠巻きにされたり、腫れ物扱いを受けるのだが。少なくとも悪意や敵意は向けられない。
かつて、学園での『我儘傲慢令嬢の子分の二人』としての針のむしろ状態とは大違いだ。
冷たい視線に突き刺さる言葉のない、穏やかな日々に二人はのびのびと暮らす。端から見れば不遇かもしれないが、貴族の贅沢だが精神的に辛い生活より、平民として質素でも心穏やかな生活の方がエルダとリュールには合っている。
「リュール嬢ちゃん、お邪魔するよ。この前の飴はまだあるかい?うちの坊主に少し分けて欲しいんだけど」
「こんにちは、ミルタさん。えぇ、まだありますわ。でも、まだ喉の調子がよくないのなら一度お医者さんに診てもらった方が良いのではないかしら?」
「なんの、喉はもうすっかり良くなってるさ。でもリュール嬢ちゃんの飴がお気に入りでね、あれの為なら手伝いも進んでやるし悪さもピタッとやんで大助かりだよ」
そんな訳で飴を求めるミルタにリュール特製の喉飴を渡し、交換に毛皮の肩掛けを二枚も貰った。
「え、貰ってしまって良いのかしら??」
「売り物にならない毛皮のツギハギだからね、構わないんだよ」
しかし、釣り合いが取れないのは明らか。これから益々寒さを増すのに、大した防寒具を持っていない様子の二人への思い遣りなのだろう。
ミルタの不器用な優しさを感じたリュールは有り難く毛皮を受け取り、飴に作ったばかりの軟膏を足した。
この東の辺境地で手荒れ用の軟膏といえば、他の領地から商人が仕入れるやや高価な物しかない。商人から仕入れても即完売で雑貨屋の定番だが常に欠品商品である。
レシピを知らないので同じ物は作れないが、手荒れ用の軟膏自体はリュールにも作れるので自分とエルダ用に作っていたのだ。買おうにも売ってないので自作した、という代物。
三日後、興奮気味な雑貨屋の店主に懇願されてリュールは手荒れ用の軟膏を卸す事になった。軟膏の容器はエルダがせっせと作り、リュールはひたすら地道な軟膏作り。
商売知識皆無の二人だが、腕は確かなので雑貨屋店主も二人に対して無碍な対応はしない。そうでなくても、エルダは町の影の権力者たる老女達のお気に入りだし、リュールの作る医薬品は辺境の地において貴重なものだ。下手な扱いをすれば雑貨屋の方が危ういことになる。
呑気な少女二人は平民生活を満喫して自由を謳歌するのみだが、リュールとエルダの存在は町の片隅から領地へと広がり始めていた。
「とんだごれーじょー方だよな、ホント」
町に来てからずっと、陰から観察してきたテオールの任務もここにきて終了。
この先の二人の行く末を案じるテオールが、最後の観察報告前にもはや見慣れた二人の家を後にする。
ボロ屋同然の空き家だった二人の家は、手直しされて小綺麗に変わっている。暖かな灯りとスープの匂いの漂う家に背を向けて、テオールは歩き出した。