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東へ進め!夏祭り⑤母達、娘達

粗末で狭いベッドでも、愛しい娘を抱き締めて眠る事が出来る事に涙が出るほどの喜びを噛み締める。


スヤスヤと眠る我が子は、この一年の間になんと大きく成長したことか。これから、娘盛りになる愛娘エルダを傍で見守れない歯痒さにいっそ己も貴族籍を抜けようかとまで思った事もある。



「身分も魔力も関係ない、私の愛しくて可愛い娘。貴女の幸せこそ、私の生きる喜び。貴女の望むままに生きてくれればそれだけで良いの」



眠る娘の柔らかな髪を撫で慈しむ。この先、娘はどんな女性になるのだろう?いつか、恋をして結婚して、この子も母になる…その時々を思い描いて見てもその傍らに己は存在しない事に悲しみが胸を染める。


娘が孤独では無い事だけが、救いだ。


エルダがリュールと一緒だからこそ、不安は無い。別離の悲しみだけはどうにもならないが、娘の身を案じて絶望するような事はない。脳天気でお気楽な二人が一緒なら『なんとかなるでしょう』と此方まで気楽になるから不思議だ。



お気楽加減で言えば、イフリーナもかなりお気楽ね、とユルターナは微睡みながら壁を一枚隔てた先の親友を思った。





「リューちゃんはお父様に似てお利口さんねぇ、お薬も作れるしお金もちゃんと管理できてるもの。でも、魔力まで目覚めちゃってこの綺麗な顔だもの、この先ちょっと大変なコトになるかもしれないわね~」



眠る娘に小声で囁きかける。規格外ではあったがこれでも元は伯爵令嬢だった身、王城の夜会だの社交界の付き合いだのの面倒事は経験済みだ。



「でも、リューちゃん達は鈍感力スルースキルが高いからどうにかなるわね、多分。変な男に力ずくで迫られた時用には一撃必殺の護身術は教えてあるし、ルゴール伯様もリューちゃん達の味方っぽいし。うんうん、大丈夫ね」



愛娘の瑞々しい頬をふにふにと愛でながら、イフリーナがすっきりニッコリ。



「二人とも自力でこんなに頑張ってるし、この先も自力救済できると信じてるわ。でも、我が子の心配は親の特権だもの。明日、ユルターナとも相談しておきましょ。私のハンター時代の伝手とユルターナの『蔦』なら家名と関わりないから多分イケるはずよね~」



ニマニマしながら、我が子の寝顔にキスをおとしてイフリーナも瞼を閉じた。





短い睡眠の後の、外はまだ薄明かりの中での四人で食卓を囲む。


「もう帰っちゃうんだよね、凄く残念…」


「各所にご迷惑をお掛けしているもの、仕方ないわ」


エルダが母に諭され、萎れつつも頷く。


子爵夫人イフリーナ男爵夫人ユルターナは『侯爵夫人のお供として北の避暑地へ旅行中』であり、高齢な侯爵夫人が『私は5日ほど寝込む予定・・なので、その間はお好きになさって。強行軍になるけれど、辺境伯領地の夏祭りなど見学していらしたら?』と溌剌とした笑顔で送り出してくれたお蔭で極秘訪問が出来たのだ。


リュールの祖父が侯爵夫人に平身低頭で頼み込み、侯爵夫人もまた二人の境遇やその家族達に同情していたそうで快諾してくれたそうだ。リュールの祖父が動けば王城の目が向くだろうからと、侯爵夫人がルゴール伯へ連絡を入れたり、念の為にとアリバイ工作まで指揮している。



別れの時間が迫る中、リュールが躊躇いがちに尋ねた。


「あの、お母様達。侯爵夫人様にこのような物を差し上げるのはかなり失礼かしら…?」


リュールがおずおずと差し出したのは、喉飴。駄菓子のような物なので、高位貴族には無礼に当たるのだが。

侯爵夫人は喉が弱く長年喉飴を愛用しており、コレクションの域にまで達していると聞いた。もしかしたら、お土産として受け取って貰えるかもしれないと考えたのだ。


ダメならば道中で母達が食べてくれれば良いとも言ったが、母達は微笑んで良いお土産になると答えた。



「喉飴に関しては庶民的な物の方がお好きだと聞いているから、喜んで下さると思うわ。エルダ、小さな籠は無いかしら?」


上質な紙で個別包装した喉飴を綺麗なハンカチでくるみ、飾り紐で両端を縛って掌サイズのミニ籠に入れてお土産にした。



その他にも家族へのお土産や手紙を抱えて、母達は何度も何度も振り返りながら早朝の街を後にした。




「行っちゃった…。でも、会えて良かったよね」


「ええ。本当に」



手を繋いで家の中に戻ると、先程までは母達が居て賑やかだったのが嘘のような静寂ぶり。テーブルの上に出したままの四つの薬茶のカップを見ると、胸が締め付けられる思いだ。



「今度は、私達の方から会いに行って驚かせましょうね」


「うん。そうだね……ふふっ、それ、面白そう!内緒で行ったら絶対びっくりするよね!!」



しんみりしたのは一瞬だった。仲良く並んでテーブルを片付けながら、あの母達をいかに驚かせるかを相談する。



「どうせなら私達もギルドプレートを引っさげて颯爽と登場とかしちゃう?」


「まぁ、エルダったら。うふふ」



照れ笑いで『だって格好いいもん!』と答えるエルダだが、魔物ハンターになりたい訳ではないとリュールも承知している。



「プレートがあるのは魔物ハンターと、冒険者と、魔術師だけだよね?他にもあったかな?」


「私も知っているのはその3つですが、ギルドの事はあまり詳しくないから自信はないわね。私達がギルドプレートを入手するならやはり…」



「「冒険者」」



見事なハモり具合にケラケラと笑う少女達。エルダが『格好いいもん!』と言っていた辺りで、考えていたのは二人とも同じ事だったようだ。



「昔、私達のお気に入りだった物語を思い出したのでしょ?あのご本、懐かしいですわね」


「そー、凄く懐かしい。あれで冒険者に憧れて兄さん達とチャンバラしてはケガばっかりするから、リュールがお薬をいっぱい作れるように勉強してくれたんだよね~」



物語の主人公は冒険者で、挿し絵の中にギルドプレートがあった。昨夜、イフリーナのギルドプレートを見てまず「あの本の挿し絵と一緒だ」と思った。



「今度、貸本屋さんが来たらあの本が無いか聞いてみようよ。久しぶりにまた読みたくなっちゃった」


「あら、それは良い案ですわね。是非そうしましょ」



和やかに話ていると、表が賑やかくなった。祭りが始まるにしてもまだ早いし、何かあったのか?と訝しく思って窓から並んで外を覗く。



騎士団が馬を走らせて通り過ぎて行った。

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