東へ進め!夏祭り①早朝
待ちに待った、夏祭り。
レッテン名物の『早朝の打ち上げ花火』が祭りの開催を告げる。建物がビリビリと震え、少女達は寝床で飛び上がって驚いたが街の人々は毎年の事なので『あー、始まったね』としか思わないらしい。
「花火があがるとは聞いておりましたけれど、もう、本当に驚きましたわ…」
朝が弱いリュールも花火に驚いたお陰で目がすっかり覚めている。
「王都でも花火って珍しいし、かなり遠くから見た事しかないもんねぇ。ねぇ、花火って何からどうやって作ってるんだろ?」
エルダは花火そのものに興味津々な様子。この国では花火は相当珍しく高価な物で、王都でも戴冠式や建国祭などの国の威信を示す際の道具として用いられる。
この辺境地では、毎年夏祭り開催の日の早朝に打ち上げられる。たかが一発の花火ではあるが、かなり凄い事だとリュールは思う。その花火は輸入頼りと聞いているエルダは「作れたらすごーく良いと思わない?」とニタニタしている。
リュールの誕生日にご近所さん達から貰った服に着替え、二人揃っておめかしをする。この日の為に、少女達はちょっと奮発してお揃いのよそ行きの靴を用意している。
お揃いの髪型にしたのだが、髪質の違いでストンと纏まるリュールに対してエルダの髪はふわふわと肩で広がっている。
「ね、もう出掛けちゃう?」
流石にまだ出店も開いておらず出掛けるには早いとは分かっていても、ウキウキと弾む心でいっぱいの二人。
「そうしましょ。街の外れまで目指して、折り返してくれば程良い時間になるのではなくて?」
決まり!とはしゃぐエルダは既に手籠も携えており、戸締まりと火の始末を確認して朝の街へと繰り出した。
出店の支度に励む人々や巡回の騎士らと挨拶を交わして、普段は足を向ける事のない方角へと進む。街に越してきた日にテオールからは遠回しに『興味本位で行かない方が良い、危険な場所もある』と聞いていた方角だ。
二人とも『酒場宿などがあるのでしょうね』としか思わなかったので、朝なら早々危険もないだろうと判断した。
「おじょーちゃん達、こんな日のこんな早くにどーしたんだい?」
気怠げで噎せる程に色香を漂わせた女性が声をかけてきて、二人が溌剌とした笑顔でハキハキと説明する。それを聞いた女性は、細く白い喉を晒して反り返って大笑いしている。
「ああ、ごめんよ。そういう事かね、納得だ。おじょーちゃん達はリュールとエルダって名前だろ?噂で知ってるが、ホントに脳天気なんだねぇ」
笑いすぎて滲んだ涙を白い指先で拭って、女が続ける。
「そのボーヤは言葉が足りなかったね、ここら辺は酒場宿もあるが色街なのさ。他にも、おおっぴらには言えない後ろ暗いトコもあるしねぇ。悪い事は言わないから…!!…おじょーちゃん達こっちへ!急いで!!」
急に険しい顔に豹変した女が二人を隠すように背中に庇いながら、すぐ近くの建物へと押し込んだ。
「なんでぇ、ギーコ。朝っぱらから小娘両手に抱え込んでよ、新しい方面に目覚めちまったのか?」
「馬鹿、この子らに変な事を聞かせんじゃないよ。それより、厄介な奴が表を歩いてんだよ!なんで、グロンが居るんだい、帰って来てるなんてあたしゃ聞いてないよ」
女の名はギーコというらしい。押し込まれた先は、ギーコの知り合いの酒場宿のようだ。酒場宿の主は、ギーコからグロンという名を聞いて酸っぱい顔になっている。
「お前さんの見間違いじゃないとしたら、大事だぞ。あの色情狂の胸糞野郎、やっとこさでこの街から叩き出したってぇのに。…そうか、この前の魔物襲撃の一件で開拓地での苦役がパァになったんだな。そんで逃げたかもしれん」
少女達にはチンプンカンプンだが難しい顔の店主をよそに、ギーコが『おじょーちゃん達、ここはホントに危険なとこなんだ。来るのはこれっきりにおし』と真剣な顔で忠告。
「気をつけますわ、ギーコさん。助けて頂きましてありがとうございます」
「おじさんも、お店?に入れてくれてありがとー」
呑気そのものだが素直な二人の返事に、ギーコが毒気を抜かれた顔で肩を竦めた。店主の方は苦笑いで『ちょっと待ってな。仕入れに出る倅に真っ当な通りまで送らせてやるからよ』と言う。
店主の息子が店裏で支度を済ませる短い時間に、リュールが手籠を捌くって取り出したのはミニ美顔軟膏。
「ギーコさん。これ、もし宜しければお近づきのしるしに受け取って頂けますか?」
サンプル程度なのだが、手籠に入れてあったので渡す。何かと聞かれて説明すると、ギーコは大いに喜んでいた。
じゃあ私も!とエルダが手籠を捌くって見つけたのは、なぜそれが手籠に?と思うが栓抜き。
「お店で買った栓抜きに彫り足してみたら格好良くなったの!おじさん、栓抜きって使う?」
酒場宿なのであって困るものじゃないね、と困惑顔の店主に栓抜きを渡すエルダ。渡された店主の方は彫刻を見て相好を崩した。見事な彫りだし、偶然にも店名と同じ植物がモチーフなので大事にするよ、と喜んでいた。
店主の息子によって安全で健全な通りまで送ってもらい、気を取り直して再出発。ひんやりとしていたはずの外気が、いつの間にか温み始めている。




