東へ進め!オッサンと恋バナ
少し久しぶりの納品を済ませ、ホッと一安心。
魔物襲撃事件のお礼だの何だのでかなりの大金を手にしていても、こうして地道にコツコツと収入を得ると落ち着く少女達。その堅実ぶりに、老人が目許を和ませている。
「この仕事は贔屓や過度の馴れ合いは御法度じゃがの。わし、この夏いっぱいで引退なんじゃよ。秋からはただの素敵なお爺さまじゃからの!引っ越しが済んだら遊びにおいで。納品のコツからリュスカの弱点までたーんと教えてあげちゃうぞ」
引退という言葉を嬉しそうに告げる老人。少女達は驚いたが、そもそも何年か前から引退宣言していたそうだ。
「余生はばーさんと二人で趣味に生きるつもりでもう今から楽しみでの~、うっきうきじゃよ~」
痩せて枯れた老人だが、その瞳は少年のように輝いている。傍らのリュスカは老人の『趣味』と言う部分でなぜかげっそりしていたが。
珍しく建物から出てリュスカに見送られた。
「お爺さまとお婆さまのご趣味はキワモノ料理だから、遊びに行く時は覚悟しておいた方が良いわよ。それさえなければ本当に素敵なお二人なのだけどね……ふぅ…」
孫嫁はそれを言いたかったらしい。遠い目のリュスカに見送られて、少女達は執務塔へと向かった。
お揃いのエプロンで、久しぶりのお手伝いに励む二人。
ワズラーンは魔物襲撃の件も抱えており、激務な筈だが何となく雰囲気が柔らかく感じた。その影響なのだろうか、文官部屋の皆もバタバタと忙しそうな割には笑顔が多い。
昼休憩に一緒になった中年の文官が『お嬢さん方のお陰でワズラーン様にも春が来たようだよ』と話しかけてきた。
「私達のお陰とは??」
薬茶を片手にきょとんとするリュールと、平民パンのサンドイッチにかぶりつきながら小首を傾げるエルダ。
少し遅れて休憩に入ってきた老文官もまじり、ワズラーンとマリリオン付き侍女の『遅くに訪れた春』についてキャッキャと盛り上がった。
リュールの薬茶がそんなに好評だという事すら、少女達は知らなかったので聞く話聞く話に新鮮な驚きの連発。リアクションの良い少女達に、話し手もご満悦な様子だ。
「え、ワズラーン様にもご趣味があったんだ!お仕事が趣味で生き甲斐なのかと思ってたよ!」
エルダの素直な感想に、中年の文官と老文官が「皆そう思ってたよ!」とゲラゲラと笑う。
少女達よりずっと長い付き合いの彼等も、ワズラーンに趣味が有るとは思ってもなかったらしい。
「仕事人間、石部金吉なワズラーン様に春が来たってんで文官部屋もお祝いムードでな。文官部屋で一丸となってとにかく仕事して、ワズラーン様の仕事を書類一枚でも減らしてその分、デートの時間に宛てて貰おうってんで張り切ってんだよ」
「まぁ、そうなのですね。それでは、私達もより一層張り切って皆様のお手伝いをしなくては!」
「うんうん!ご飯も食べてやる気一杯だもん、午後もバッチリ頑張ろうね!」
少女達の漲る決意に、文官達が微笑んで『我等も負けておれんな』と口にする。因みに、この事はワズラーン様には呉々も内密に、と念押しされた。
「ワズラーン様は我等に知られているともお知らぬ筈だからね。こっそりと応援したいだけで、邪魔はしたくないんだよ。お嬢さん方だって、こういう時にはそっとしておいて欲しいのは分かるだろう?」
そう言われても、まだ二人とも『こういう時』は未体験なのだが。なんとなく言わんとする事は察したので、『分かりました』と揃って返事した。
午後からもそれぞれにお手伝いに励む少女達の張り切る姿に『秘密の共有』をしたと後から聞いた文官部屋の人々は納得顔で、己らも励まねば、と仕事に邁進している。
ワズラーンはそんな文官部屋の様子を見て考える。
「皆の志気が上がっているようだし、この機に更にあちらの案件にも着手しようか。それとも、先送りしていた方の仕事から片付けるか…」
どこまでも仕事人間だった。