東へ進め!辺境伯領地の雛鳥達
怪我人の数は多かったものの、死者は出なかった。
「奇跡だ…」
街の誰もがそう口にするが、ほんのごく一部の者は『奇跡を引き寄せた二人』の名を知っていることに擽ったさを覚える。優越感などといった傲ったモノではなく、胸の暖まるほっこりとした気持ちになるのは『二人』の人柄だろうか。
街の人々と違って、砦や領主館の者達は『二人の少女』へ深い感謝と尊敬を胸に芽生えさせた。
エルディオンとともに少女達の手足となった騎士から、少女達は何も知らないままに粉骨砕身の働きをしたと聞いた者達の中には、この魔物襲撃による被害者達の家族や恋人、友人達がたくさんいたのだ。
「それでは、被害に遭われた皆さんは快方に向かっておられるのですね!良かったですわ、本当に…」
エルディオンの報告に、リュールがエルダと手を取り合って喜んでいる。
魔物襲撃事件から一週間、まだ派遣した半数の人員しか戻っていないので領主館や砦の人々は忙しくしている。そんな中で、エルディオンは外出ついでに少女達の元を訪れる。
「おっと、そろそろ行くぜ。じゃあ、またな」
「ばいばい、頑張ってねー」
本人がそうしてくれ、と言うのでエルダはすっかり『お友達感覚』で話したり接している。
リュールの話し方は変わらないが、それでも自分から先に話しかけたり細かな礼儀作法をいちいち断らずにサックリと省く程度には慣れてきた。
「それにしても、やっぱりお薬って大事だよねぇ」
しみじみとエルダが言えば、リュールが頷く。今回の騒動で手持ちの常備薬があることが心強いと再確認した。
「しばらくは納品もお休みになるそうですし、この機会に常備薬の作り置きをしようかしら」
「そうしようよ。材料集めから始める?揃ってるのから作る?」
「毒消しの丸薬から作り置きしますわ、大量に作りたいから材料集めも必要になりますけれども。町の皆さんにお配りしましょ」
ならば善は急げと、材料集めに出掛ける二人。街行く二人を人々が笑顔で見送る。
「あーら、ザ・平民!おはよ、採取?」
「おはようございます、アーカイネ。ええ、そうなの。毒消し丸薬を作り置きしておこうと思って」
「それならちょうど良かった。これ確か使うんでしょ?枯れ木拾いのついでに拾っておいたからあげる」
「え、いいの?やったー!リュール、これって一番量がいるやつでしょ?アーカイネありがとー」
材料集めに向かう最中にも関わらず、材料ゲット。アーカイネの背中がだいぶ遠ざかった頃、ずっと何かを必死に堪えている様子だった少年達が盛大に笑い出した。
「おっかしーの!ツンツン澄まし顔しちゃってさ!あはは!」
「なーにが『ついで』だよ。あれしか拾ってなかった癖によ。すんげー顔で地べた這いずってたのに、気取っちゃってさぁ」
ゲラゲラ笑っている二人組の傍らで、軽く笑っていた少年が『アーカイネは最近、そればっかり探してるみたいだよ』と教えてくれた。
「最初はあんなにボロクソに言ってたくせに、仲良くなったもんだよな。あんたらと仲良くなったからかな?あいつちょっと可愛くなったよなー」
エルダが無邪気に、アーカイネは最初に会った時から可愛いよ!と言う。リュールも『警戒心の強いネコみたいに可愛い方ですわね、最近は慣れてくださったから嬉しいわ』とニコニコ言って少年達に会釈して先を進んだ。
せっかくの休みだし、駄弁ってるよりあんたらと話す方が楽しそうだから。そう言って、少年達は採取のお供を買って出た。
少女達が家庭用の常備薬の材料集めをする、その理由まで話した頃に目的地に到着。
昼前までの時間に、5人で採取したお蔭でかなりの量になった。お遊び感覚でついて着たのかと思ったが、少年3人は驚くほど真剣に手作ってくれたのだ。
帰り道、その理由を知る。
少年達が兄のように慕っていた青年が、襲撃を受けたのとは違う方だが開拓地に居ること。今回は無事でも、危険はすぐそこにあること。
常備薬の存在が、その中でどれほど重要で貴重なのか。
「手がいる時は呼べよ。俺ら、手伝うから。あ、それとアーカイネも手伝う時はコイツを呼んでやってくれよ、ぜってー来るからさ!」
最初に軽く笑って説明してくれた少年が『バカ、適当な事を言うなって!』と真っ赤になっている。
「俺らじゃ薬なんて作れないし、買えば高いからさ。でも、ホントに俺らが困った時にはきっと領主様が今回みたいに薬を求めてくれる。そん時に肝心の薬がなかったら意味がないからな」
年若い彼らもまた、ルゴール伯への敬愛と信頼が深い。
その事実に『この地の民になって良かった』と少女達がニコニコ笑って彼らと別れて家路についた。