◆壊れた鍵と魔物◆領主館・エルディオンの爆弾発言
開拓地の魔物襲撃騒動から数日後の、領主館生活棟。
公式の報告とは別に纏められたら報告書を読んで、ルゴール伯はこめかみを揉む。傍らの辺境伯夫人・エルディナも普段の柔和な笑みは陰を潜めている。
「ふむ…魔物が特定の場所から発生するという事実から考えればおかしくはあるまい。しかし…」
トントンと報告書の束を叩いて、深い溜め息を一つ。
「此度の助力要請といい特産品の案の件といい、一介の平民である事を望むお嬢さん方を我等の問題に常に巻き込んでしまう事を不甲斐なく思っていた処にコレか」
背もたれに深く背中を預け、天井を仰ぐ。
「あの二人が魔力を秘匿したがっているのは、分かる。だが、今回の【壊れた鍵】だぜ。…【鍵の外れた扉】その存在を既に知っていたとしか思えないから…どうした物か、悩むんだよなぁ」
あの朗らかなで善良そのものな少女達を、望み通りにそっとしておいてやりたいのは山々だが。事が事なだけに、そうも言っていられそうにない。
「あの子達はそもそも魔力や魔法について、どの程度の知識があるのかしら?」
それまで黙って話を聞いていたエルディナが、口を開く。
「魔力の質や量で個人差はあれど、同程度の魔力保持者同士で相互感知が可能だとは知らないのではなくて?」
「あっ!」
目から鱗状態のクルス。
「隠したがってるからこちらからも触れてないけど、お嬢さん方に魔力があるのは、魔力が有る者からは分かるんだよ、オヤジ。テオールみたいに感知能力程度ではダメだが、魔法を使えるお袋や俺は『お嬢さん方に魔力が有るのが感知できてしまう』から、本気で秘匿したかったら制御魔具とか呪方を用意するのが普通なんだ」
ベラベラと立て板に水のごとく、多弁になるクルス。
「あまり気は進まないけれど。…気軽な感じで『あなた達も魔力があるのね』と、さり気なく話をふってみたら良いのではなくて?」
「ふむ、なるほど。その反応次第ではそのまま【鍵】についても聞けよう。秘匿したがるのであれば、その方法を教えるのと引き換えに【鍵】について聞いても良かろうな」
話が纏まりかけていたところに、エルディオンが来た。
「あ、大事な話の最中だったか?」
「いや、ほとんど済んでおる。何かあったか?」
「急ぎじゃないんだけど、クルス叔父貴が昔使ってた魔法の入門書をリュールとエルダに貸して貰えないかと思って。さっき寄った時に魔法の話になったら、あいつらホントに魔法の事全然知らないから入門書が有れば読みたいってさ」
さらりと言うエルディオンに、三人が目を剥いた。
「「「え?」」」
「え?ん?あれ、俺…なんか変な事、言ったか??」
「いやいやいや、待て。ちょっと待て。あのお嬢さん方、魔力あるの隠してるんだろ?なんでそうなるんだよ!!貸すよ、喜んで貸すけどな!でも待て説明が先だ、なぜそうなったんだよ、ほんとに何なんだよ! 」
「ん?なんかもう良いらしいぜ。アーガンダ家も終わったし、じーちゃんが領民を大事にするから、その領民として恩返しになるなら別に魔力を俺達に隠す必要は無いってよ」
ルゴール伯は孫の話を聞いて『実にお嬢さん方らしい』と笑い、エルディナは相好を崩す。クルスはへにゃりと椅子にもたれて苦笑いしている。
「俺は悩み過ぎて白髪になるかと思ったのに…、お嬢さん方はあっさりしてるなぁ」
「あの子達らしい、潔さですわねぇ。それに、それほどまでに信頼されているのは嬉しいですわね?」
エルディナの問いに、ルゴール伯が笑み半分照れ半分で頷いた。