東へ進め!緊急依頼③
エルダが町の人々から譲り受けた毒消し丸薬は全部で32個。
これだけあれば医師の書付分には足りるので、騎士が砦に届けに馬を走らせる。液状の毒消しの制作を続行している処に、ルゴール伯からの文を携えたカロフが訪れた。
「リュール、エルダ、お前たちのお陰で救援部隊が開拓地へと薬を届けに向かっている。本当に、ありがとう」
普段は陽気なちょい悪伊達男風のカロフの真顔で真面目な声の礼に、エルダはいつも通りの天真爛漫さで『どういたしまして!』とにこやかに答える。
「で、何があったんですか?町の皆が、分かったら教えてね、手伝う事があったら呼んでねって言ってましたよ」
「…えっ!?………エルディオン様?」
「う。…んーと、そう。まだ何も説明して無い」
カロフが『信じられん…』と呆然と言うが、エルディオンを非難している訳ではなく、一切の事情説明無しで少女達がここまで医薬品を用意した事に驚いている。
「町では何と言って毒消しを集めたんだい??」
「毒消し丸薬ある人、すぐにいっぱいいるからちょうだーいって町中を叫んでまわったら皆が持ってきてくれたよ」
リュールとエルダの為ならお安い御用だと、こぞって備蓄分を差し出した上に周辺の森や畑に出ていた者達からの回収も手分けして手伝ってくれたと言う。
「しまった!!買取って言うの忘れてた!ごめんなさい」
「冗談だろ、よくそれでこんなに集めたな…お嬢さん…」
「…買取の件は、後日こちらで対応する。誠意ある対応を約束するか、エルダは気にすんな」
男二人、改めて『何かと噂の少女達』を見つめる。
宰相の娘を筆頭に、一部の王都の高位貴族がなぜこの平凡な少女達に執着したのかを改めて…深く、理解した。
たかが下級貴族の娘二人の存在で、アーガンダの窮地をひっくり返す可能性など無かろうに。これだから王都のアホ共は…と思っていた事すら間違いかもしれないとも、気付いた。
医薬品作りというやや特殊な才能や、量に関わらず、有るだけで稀有とされる魔力保持だけでは無い。
脳天気でお気楽なこの少女達の真価はそんなモノに及ばないところにある。
「俺はこの後も寄る所があるので、これで失礼します。お嬢さん方、協力ありがとう。…落ち着いてからになるが後日改めてお礼をさせてもらうよ」
開拓部室長として、多数の部下の命の恩人となる少女達へ向けて最大限の感謝の意を籠めた礼をしてカロフは去った。
液状の毒消しが完成したのは、20時を少し過ぎた頃。
エルディオンが明朝早くにまた来る、その時にはキチンと説明する、と約束して砦へと完成したばかりの毒消しを持ち帰った。
「はー、疲れたね~。それ片付け終わったらもう寝よ?ご飯はこの差し入れで済ませちゃおうよ」
「そうしましょ、今夜はもう納品のお金の計算なんて細かい事は出来そうにないわ。悪いけれど、戸締まりを頼んでしまって良いかしら」
ぐったりと疲れた少女達が、それぞれにノロノロと片付けや戸締まりを終えて半ばウトウトしながら晩御飯を済ませる。
倒れ込むように寝床へ入って、即座に夢の世界へ旅立った。
その頃、砦では。
液状毒消しを持って、第二討伐部隊が出動しようとしていた。
緊急召集で早々に集まった非番の者などで構成された第一討伐部隊が向かっていたが、領内各地から見回りや護衛任務についていた討伐騎士をその他の騎士と配置換えして編成した部隊をビアールが率いる。
「ワイナー。俺にもしもの時は…リュスカを頼む」
「断る。早く行け」
「お前ホント空気読めよ。俺、今からこの真っ暗闇の中を危険な魔物の討伐に行っちゃうんだぜ?」
「早く行け」
「はいはい。んじゃ、行ってくら」
緊迫感のない二人の遣り取りを見慣れている討伐部隊の騎士達は、月明かりの夜道をさっさと先に進んでいる。
真夜中に魔物討伐に向かう事もある為、討伐部隊の馬も騎士達も夜道の行軍には慣れている。それでも、昼間の倍はかかる見込みだ。
早く仲間達の待つ地へ、と逸る気持ちを抑えてビアールが愛馬に跨がった。