東へ進め!緊急依頼②
ミドリーロは薬研を慣れた手つきで、アーカイネは石臼を慎重に扱っている。土間ではキロイナが差し入れに持ち込んだ材料で、騎士と並んで簡素な軽食を用意している。
「これなら日没前には火傷用軟膏は出来そうです。手順と材料が途中まで一緒ですから簡素な保湿剤も並行して作りましょうか?」
書付には無かったが、恐らく急性期の火傷の処置が済めば必要になるだろうと予測して提案する。
「それとも、毒消し丸薬の集まり具合がまだ分かりませんからそちらに着手しましょうか?長期保存のできる丸薬は、作るのにこの時期なら最短で…4日はかかります。ですが、日保ちしなくても良い毒消しならば直ぐに出来ますわ」
エルディオンがリュールの質問に考え込む。
緊急召集の鐘を打ち鳴らす一時間前、開拓地からの早馬が到着して『魔物の群れが開拓地を襲っている』報告をした。
火炎弾や鎌鼬などの攻撃に加え、毒霧を吐く魔物まで居る事で在駐の騎士や開拓地の人々は軒並み倒れて悪夢の様な惨状だという。
領主館内に居たメレンガート医師も呼んで報告を聞いて書付を走り書きしたというから、医師が実際に現地入りすれば他に必要な医薬品は他にもあるだろうし用意した物で使わない物もあるだろう。
「…丸薬ではない方の毒消しは、効果は同じなのか?」
「はい。保存期間と形状意外は殆ど同じですわ。丸薬ではなく液状になりますが…火傷用軟膏の制作後に始めても夜中までには毒消し20人分は用意できますわ」
「その保湿剤とやらも並行制作するとなると、毒消しの完成に影響はどのぐらい出る?」
「さほど影響はございませんわ。どの薬も途中で冷ましたり抽出する『待ち』の過程がありますから」
エルディオンが懐中時計を確認すれば、時刻は現在16時少し前。
「火傷用軟膏と保湿剤の並行制作、液状毒消しの制作を頼む。明朝早くには薬を揃えて早馬を出す、間に合わせる為に俺にできる事はなんでもするし、金銭面の遠慮も一切不要だ」
「承知致しましたわ」
火傷用軟膏と保湿剤が完成したのは一時間後、アーカイネとミドリーロの補助のおかげで当初の完全予定の日没よりもかなり早く仕上がった。
この時点で揃っている医薬品とエルディオンからの走り書きを携えて騎士が砦に向かう。
美形で高貴な身分、乙女の憧れの王子様そのものなエルディオンから直々に礼を言われた三人娘は、ポーッとしながらふわふわした足取りで帰っていった。
作業が一段落したので、待ちの時間にキロイナが拵えた軽食を摘まむリュールとエルディオン。
「あっ!!」
「………不作法については後で纏めて謝罪致しますわ。でも、私達は平民ですので銀器の類もございませんの。無礼と承知で心苦しくも、今はお許しくださいませ」
緊急時だしそもそもこの青年はあまりマナーマナー拘るタイプではいから良いかしら~良いわよね~と、さり気なく平民対応していたのがバレたかとリュールが先手必勝で謝る。
「ん?いや、銀器がどうこうって話じゃなくて。こっちこそ申し訳ない。…俺、全然何も説明してなかったよな……ホント、ごめん」
高位貴族の子息であるエルディオンが、平民の娘でしかないリュールに深々と頭を下げて謝罪を口にする。
背の高い青年の、黄金色の髪の頭を凝視するリュール。平素であれば見ることなどないだろう、エルディオンの旋毛をガン見している。
「やはり、旋毛に性別はございませんのねぇ」
「は…?」
怪訝そうに顔をあげたエルディオンに、リュールは「独り言ですわ」とにこやかに答える。
「説明ならば、もうすぐエルダが戻るはずですのでその時にお聞かせ願えますかしら。私、そろそろ作業に戻りますわ」
程なくして、エルダが大量の毒消し丸薬を持ち帰った。