東へ進め!夏祭りまで1ヶ月を切ったよ
夏祭りまで1ヶ月を切り、街は照りつける太陽の下で日差しに負けずに陽気で賑やかに活気づいている。
「リュールですわ、ピュアチの部に出品致します『ピュアチ茶』でございます」
「はい、確かに受け取りました 」
本日は祭りの中心となる中央公園広場で、新規納品許可証の選考会への出品物の登録が行われる日。まだまだ祭りの前だが、登録会の見学者が意外と多い事に驚いた。
「エルダです、魔物関連の部に登録する『ぬいぐるみ』です!」
エルダがハキハキと元気よく名乗ってぬいぐるみを布袋からズボッと取り出すと、受付の係員が椅子から仰天して転げ落ちかけた。見学者達からも悲鳴が上がる。
「あー、びっくりしたよ、もう。よく見れば布の作り物だけどさ、心臓に悪いよこれ」
係員が椅子に座り直して胸をなで下ろし、エルダは「えへへ」と悪戯が成功した子供のように笑っている。
エルダの後ろに並んでいた青年が、まじまじと眺めて「へぇ、魔物ってそんな感じなんだね~」と呟く。係員は決まり悪そうな顔で「いや、見たことは無いけどこんな感じなんじゃないのか?」と返事なのか独り言なのか微妙な声量でブツブツと言う。
「母ちゃん、あれが魔物?」
「そうだよ。坊や、悪さすると魔物に頭からバリバリ喰われちまうからね」
少し離れた場所から見学している親子の会話が聞こえ、そちらを見れば幼子が母親の後ろに隠れながらぬいぐるみを凝視している。
「魔物って、あんなにちっさいんだ…おいらより小さいんだから、あんなの、怖くないやい!」
強がるが、母親の足に巻きつくようにくっついている幼子。
母親が「あれは魔物の赤ちゃんだよ。大人の魔物は馬より大きいんだよ」と言うのが聞こえた係員は、小声でエルダに袋ごと預かって良いかと尋ねる。エルダが袋を渡すと、係員は子供に見せつけるように小芝居をする。
「おっと!逃がすもんか、この魔物め!ええい、こうしてくれる!ふーっ、急に暴れるなんて、どこかに悪さをする子供でもいたのかな?」
袋の口をしめて、大袈裟に額の汗を拭う仕草をする係員。なかなかサービス精神が旺盛なようだ。
子供は「おいら、良い子だよな!母ちゃん、そうだよな!」と必死に尋ねながら母親にしがみついている。
遣り取りを見ていた広場の人々は、微笑ましい光景にほのぼのほっこり。
少女達はそれぞれに登録を無事に済ませ、暫く他の参加者の登録を眺める。魔物関連の部では、魔物を模した置物や魔除けの像などが登録されていく。
ピュアチ部門にはピュアチを生地に練り込んだ焼き菓子やパンなどが多く登録されていたが、少女達はピュアチのスープに興味津々。
「当日の試食、私達も絶対に並ぼうね!あ~でも、さっきのピュアチのパイも気になる」
「ではエルダはパイに、私はスープに並びましょ。分け合えばどちらも味わえますわ」
リュールのピュアチ茶もそうだが、食品類はレシピを提出する。そのレシピ通りに領主館の職員が作った物を、夏祭りの会場で見学者達が試食できる。
用意される試食の数に限りがある為、こうして登録の時点で目星をつけておけば当日に悩んで時間をムダにせずに済む。そう考えて、朝一番で登録に来た少女達。
「ピュアチのお茶って…ゲテモノっぽいよな。でも、リュールちゃんの作った物なら…俺は飲むぞ!」
「な、何だと!リュールさんのお茶は俺が飲むんだからな!お前は井戸水でも飲んでろ!」
若い男達が片隅でコソコソと口論している。
他にも『リュール嬢の薬茶愛好会』のメンバー達が当日の試飲の確保を誓いあっている。
夏祭りを心待ちにしながら、人々は皆楽しそうだ。