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東へ進め!女狐エルダの厄日

昨夜ぬいぐるみの完成間近というところで、糸が尽きた。

リュールが洗濯物を干し終わるのと入れ違いに、エルダが糸の買い足しに出かけていった。



「ねぇ、あんたがエルダ?」


お目当ての糸を買って店を出ると、見知らぬ娘が待ち構えている。


「そうだけど、貴方は?」


「あたしはユーシア。あんたのせいで、ジョーンと夏祭りに行く約束がパァなんだ。一発殴らせてもらうよ」


言い終わる前に動き出したが、間一髪で避けた。娘の拳は虚しく空振り、前のめりに地面に膝をつく娘。


「私のせいって言われても、心当たりないよ。ジョーンて人も知らないし」


「この、生意気なガキめ!見え透いた嘘を吐くな!」


激昂した娘、ユーシアが地面から立ち上がりながら体当たりしようとするのをヒラリと避ける。


「なんだ、粉屋の娘か?なんでエルダちゃんをイジメてんだ、お前さんは」


商店街の人々が騒ぎに気づいて寄ってくる。顔を真っ赤にして、ユーシアが叫ぶ。


「このクソガキが、あたしのジョーンを盗ったんだ。コイツは泥棒猫なんだよ!!ジョーンはあたしと夏祭りに行くって約束してたのに、この生意気なチビを誘うから約束は無かった事にしてくれなんて言うんだ!」


「だから、私はジョーンて人は知らないってば。それに、夏祭りはリュールと行くんだもん」


頬を膨らませてエルダがご立腹なのを態度にあらわすが、集まった人からは『あら可愛い』と言われてしまった。


「はぁ?ジョーンってお前さんの弟だろうが。おい、誰か粉屋のヤツを呼んで来いや」


「八百屋の旦那が走って行ったよ。ユーシアは相変わらず弟の事になるとバカになるんだねぇ」


呆れ顔の人々に囲まれ、ユーシアの憤怒がみるみる内に小さく萎れてゆく。


「だって…。ジョーンは今までずっとあたしと夏祭りに行ってたんだ。友達よりもあたしと行く方が楽しいって、来年も再来年も一緒に行こうねって約束してたのに…。きっと、この女狐が誑かしたに違いないんだ!」


呆れ顔だった人々だが、耐えきれずに吹き出した。


「リュールちゃんにべったり甘えん坊のエルダちゃんが泥棒猫…ブフッ。傑作だなこりゃ!」


「ホントね~、男の子にぜーんぜん興味の無いお子様なのに女狐ですって!あはははは」


笑い過ぎて苦しむ者まで出てきたことにエルダが憮然としていたら、粉屋の店主が到着。



盛大な雷を娘に落とし、店主がエルダに謝る。ユーシアにも謝らせようとしたが『だってコイツが悪いんだ』の一点張りで己は悪くないと言う。



「…暴行未遂ですわね、騎士団へ通報致しましょうか?」



怒気を孕んだ静かな声に、人々が揃って振り返る。


プラチナの髪は凍る月の光の如し、濃緑の瞳は冷たく澄んでいる。その眼差しの冷たさに夏だというのに鳥肌がたつ。


居並ぶ人達が気圧されて後退りで道を開ける。


「騎士団!?か、勘弁してやってくれないか。この子は弟を溺愛するあまりちょっと見境がなくなるだけで、根は悪くないんだよ」


粉屋の店主が慌てる傍らで、ユーシアも青ざめてゆく。



「私も根は悪く無いと思うのですが、溺愛するエルダに害なす者へはちょっと見境がなくなりますけど、勘弁してくださいますわよねぇ?」



ねぇ、ユーシアさん。と、リュールがゆっくりと尋ねながら目を合わせた刹那、ユーシアは土下座で謝った。


「ユーシアさんは誰に何を謝っておられますの?ゴメンナサイだけでは、分かりませんわ」


言葉に詰まりながらも、自分が弟を偏愛する故にエルダが悪く無いのを分かって居ながら認められなかった…等々…ユーシアがエルダに謝罪する。


エルダは『分かった。許すよ~』とあっさり受け入れ、それを聞いてリュールの勘気が霧散する。


「では、もう帰りましょ。皆様、お騒がせ致しまして申し訳御座いませんでした。ユーシアさん、ご機嫌よう」


にっこり笑うリュールの豹変ぶりに、エルダ以外は皆揃って魂が抜けたように呆けている。



少女達が去り、人々も漸く我に返って散る。





後日、町の雑貨屋の店主に『エルダ嬢ちゃんが男を誑かす悪女で、リュール嬢ちゃんが氷の魔王だとかいうヘンテコな噂を聞いたのだが。街でお芝居でも始めたのかい?』と尋ねられてしまった。

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