■領主館・マリリオン少年■
夏祭りを控えて多忙を極めるルゴール辺境伯領主館の人々。
当主のヨシュア・ルゴール伯は全てにおける統括責任者なので言うまでもなく、次期当主のマルスはその補佐で激務。
エルディナとマルスの妻は婦人会の取り纏めや、領内の孤児院・救済院のチャリティーなどを一手に引き受けている。
エルディオンにはルゴール伯から新規納品許可証についての権限と責任を与えられ、四苦八苦しながらも各種部署と相談や議論に明け暮れている。
サポート役にアルスやクルス達もいるが、それぞれ他に抱える仕事がある上『いずれは辺境伯を継ぐ者』であるエルディオンの為にと常に一歩下がって見守る姿勢を貫いている。
「僕には今、何ができるかな…?」
普段よりも閑散とした生活棟で呟きを漏らすマリリオン。
兄や皆の為に何かしたいと願うが、忙しい人々の袖をひいて『何かお手伝いできることはないか』と尋ねてその手を止めさせるほど幼くない。
病弱で世間知らずな己に出来る事。さて、何があるのか。
「…ピュアチの栽培と、養蜂について調べた結果は纏めてみたけれど。これだとリュールさん専用の資料になっちゃうし。うーん…でも、これ、捨てがたいよね。…ピュアチ喉飴の大量生産した場合の利益とその準備にかかる費用を計算してみたら…」
「非常に興味深いお話ですな。是非ともやってみたらどうだね?喉飴が今より安定して広く領内で普及するだけでも利点はありますぞ、マリリオン殿」
突然背後かろメレンガートが話し掛けてきた。
「領民の健康の向上に役立つという事でしょうか?」
「それが一番大きな点ですが、蜂蜜ならば長く保存ができて他にも役立つ故にあって困る事がない。…幸いにもこの領地ではもう長いこと不作や干魃に見舞われておりませんが、備え有れば憂いなしと言いますからな」
蜂蜜の有用性をもっと掘り下げて考えてみますと頭を下げるマリリオンに、メレンガートが口角をあげる。真面目なのは結構だが、のめり込み過ぎて体調を崩さぬようにと告げるとともに『元気そうなので診察はまた後日』と片目を瞑る。
診察日の事をすっかり忘れていただけに、マリリオンが赤面して謝罪するがメレンガートは鷹揚に笑う。
今の健康状態が続くならば今後、自覚症状が無い限りは診察日を少しづつ延ばしていく予定だそうだ。
「先日はエルディオン殿とともに、街へ遊びに行っても問題なかったと聞いておりますぞ。これならば短時間、幾つかの制限付きでの夏祭り見学も可能でしょうな」
「ありがとうございます。僕、凄く嬉しいです…」
はにかむマリリオンの頬が、最近は少しだけ血色が良くなってきている。その事実にメレンガートの目尻が下がるが、呉々も無理や無茶はしないようにと言い含めるのも忘れない。
「ところで、マリリオン殿も納品許可証を求めて特産品の開発に携わってみては如何か?」
「僕?…あ!はい、そうします。ありがとうございます」
聡明な子だ、と内心で舌を巻いてメレンガートは去っていった。
マリリオンはマリリオンで、メレンガートのさり気ないヒントに「さすが先生…」と感服している。
マリリオン自身が開発側に身を置けば、兄達とは違ったものが見えるかもしれない。それに、魔物関連の本や心得ならば本好きなマリリオンにこそ手が出しやすい分野。
マリリオンが大きく背伸びをする。
少女と見紛うような外見の頼りない自分だが、出来そうな事が有ると分かればやる気が漲る。この細い腕でも、兄や領地の為に役立てる事があるのならば幸いだ。
まず、何から手をつけようか。普段は足音の立たない静かでゆったりとした歩きのマリリオンが弾んだ足取りで大きく歩きだした。