■東の地を思う人々、それぞれ■
大陸でも一、二を争う国力を有する大国の王子は、晴れ渡る空を仰いで想いを遠い地の友人達へと馳せた。
「クルス・ルゴール、エルディオン・ルゴール」
そっと友人達の名を呟き、その後には幸運の祈り文句を続ける。馬上からの密やかな祈りを流れる白い雲に託し、王子は再び駆ける。その腰にあるのは刀、その身に纏うのは鎧。
己が身の無事でも武勲でもなく、遠く離れた友人達の幸運を祈った王子は別人のように表情を変えると戦場へと身を投じていった。
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大陸東端の国の城では本日も不機嫌な王と王妃が睨み合って火花を散らす中、宰相は欠伸をかみ殺していた。
「ですから!国庫の赤字は隣への塩を値上げすれば良いではないですか。なぜ、私が我慢せねばならぬのです?」
「これ以上の値上げをすれば、他国から謗られるのは我が国だと言っているのがなぜ分からぬ。もうよい、下がれ」
王妃が半強制退場となり、王が苛立ち紛れに宰相を睨む。宰相の姪でもある王妃の我儘放蕩三昧に、そろそろ王の忍耐も限界間近だ。
長年の対立の歴史のある隣国、デルロード国へネチネチと塩の値上げで嫌がらせをするよりもこの宰相と王妃を纏めて海の藻屑と出来たらどれほどスッキリする事か。王は睨みつけたまま、宰相が再開した南の大国の動向に関する報告に耳を傾けた。
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デルロード国の王都を少し北上したとある伯爵領の片隅の村を、お忍びでとある貴人が訪れた。
「そこをなんとか!」
「無理ですな」
粗末な庵の主は貴人の再三の願い事を素っ気なく断り、薬茶をすする。これは嫁に出したお転婆娘の夫が律儀に毎年送ってくれる手製の薬茶で、庵の主のお気に入りだ。
「私が大昔に王城に献上した魔物とてギルドを通じて得た物でございますが、ギルドに伝手があるわけでは無いと何度も申し上げているでしょう。私が口添えしてもギルドで笑われるだけですよ」
「だが!そのギルドに何度依頼を出しても、あのように美しい姿のままの魔物は手に入らぬのだ!!腕が良いと聞けば金に糸目はつけず、助力も惜しまぬというのに、持ち帰った魔物はどれもこれもゴミのような物ばかりで…」
長くなりそうなので、庵の主は貴人にお帰り願った。
あの熱心な蒐集家の貴人には口が裂けても言えない。大昔に献上した魔物は、確かにギルドを通じて得ているが、仕留めたのは当時伯爵当主だった自分の実の娘だとは…。
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マヌエル家の当主の妻は、作りかけの手工芸品を見て薄く微笑む。この品が売れれば僅かながらも収入を得る。その収入は『今はまだ』家計を助ける程度。
いつか、これがマヌエル家の家業になれば良いと願う。
領地を持つ貴族家としては歴史が浅く、まだ家業の看板は無いけれども。夫である当主は家業の看板を獲る事に積極的だ。良き領主であろうとする夫は誇りで、その助けが出来る身を光栄に思う。
家業を持つ下級貴族家の大半はその収入を領地の為に使う。税を抑えたり、領内の開発や各種補修や整備等と用途は様々だが。
そうした良心的な領主の元で暮らす領民は幸福だと思う。かつて、とある侯爵家の領地で重過ぎる税と度重なる干魃により身売り寸前まで追い詰められた我が身を思えば、こうして、領地の為に領民の為に手工芸に勤しむ事にも喜びを感じられる。
傍らに愛する娘が居ない事だけは悲しく、寂しいけれど。
でも、あの子ならばきっと大丈夫。東の地で元気に楽しくやっているはずだからと寂しさを振り払う。
子離れって難しいわね、と一人ごちて気分転換に薬茶を淹れた。お隣さんの息子…フォルベール家の次期当主が遊びに来るたびに手土産に置いていってくれるので、マヌエル家では久しく薬茶を買っていない。
フォルベール家の人々が作る薬茶はどれも不思議な作用を付加されていると思う。当主の作る薬茶は安寧や穏やかさ、次期当主は軽やかに気分を持ち上げ、弾ませる。
愛娘は今頃きっと、東の地で親友のフォルベール家の少女が作った静謐な癒しと安らぎを与える茶葉を楽しんでいるに違いない。
そう信じて、マヌエル家の当主夫人はにっこりと笑った。