東へ進め!少女達の提案と空の封筒
昼前に領主館を訪れると、昨日とは違って生活棟へと案内された。マルスが興味津々な様子で『早速だが、昨日の続きを』と促す。
ではまずは、と、持参したピュアチの喉飴を試食してもらう。隠れ甘党のアルスはかなり気に入ったようだ。
「ははっ。ホントにピュアチだ!面白いな。でも、かすかにピュアチじゃない風味もあるような気がしなくもない」
エルディオンの感想に、リュールが『薬茶が入っておりますの』と答える。医薬品扱いではないものの、喉に良いとされる効果を謳う薬茶が少量入っている。
「蜂蜜そのものにも殺菌作用や炎症を鎮める効果がありますが、薬茶を少しとピュアチがたくさん入る事でより食べやすくなっておりますの」
幾つかの質問にリュールが答える。次はエルダの案を聞きたいと言われ、エルダは背筋をピンと伸ばしてハキハキと答えた。
「私は『魔物』です!この地にしか出没しないから、この地の名を関した魔物に関する物を特産品にしてはどうですか?それに、魔物対策のノウハウを他国や旅人に書籍にして提供すればよく売れると思います」
エルダの説明に男達はそれぞれに深く考え込んでいる。
「ふむ、成る程。一理あるし、散々に頭を痛めてきた魔物が金に変わるとあらば領民にとってこれほど愉快な事もあるまいよ」
「内野を慎重に検討する必要がありますが、旅の心得程度ならば…非常に…とても、良いでしょう」
「じーちゃん、これさ、もういっそのこと『ピュアチを使った食べ物』と『魔物に関する物』で新規の納品許可証の選考会とかやってみたらどうだ?」
エルディオンの提案にルゴール伯は『面白い。やってみよ』とあっさりと許可を出した。
「おや、それならば少し頑張って夏祭りに間に合わせれば大々的に出来そうですね」
「ふむふむ、今年の夏祭りは例年以上に盛り上がりそうだな。細かい話は後にして、お嬢さん方。今回も非常に有益な時間となった事に感謝しておるが、毎度呼びつけてばかりでスマンな。昼ご飯とは別に、これは詫びと感謝の印だ」
ルゴール伯が少女達へと差し出したのは『空の封筒』。
昨日、実家から受け取った手紙に返事を書けば秘密裏に届けてくれるのだという。無邪気に大喜びする少女達が何度も何度もお礼を言うのを見て、何か言いたげだったアルスも『良かったですね』と苦笑いに留めた。
その後、昼ご飯までには少し時間があるので少女達はクルスに案内されてエルディナの趣味の庭へと散策に出た。
「アルス、王都が実家側を監視している事を懸念しているのだろうが、今回に限ってはそう問題ない。開拓地に放り込んでおいた小僧を実家へ送り返してやろうと思ってな」
「…ああ、アレですか。カロフからも再三『あの馬鹿を魔物の餌にして良いか?』と苦情が来ていましたね」
酔っ払いの元騎士見習いをけしかけた元貴族子息は、未開の地で問題を起こし続けて『邪魔!無駄飯食らい!!』なので、元貴族子息が飛び出てきた実家に返品する事になった。
「しかし、アレの実家は王都寄りの北方ですよ?寄り道にしても西の彼女達のご実家とは距離がありますが」
「リュール嬢の母の兄が治める伯爵領を通り、手紙を預ければ良いのだよ。伯爵の領主館ではなく、引退した祖父殿の庵とやらのある村を通れば済む」
「庵?」
黙って聞いていたエルディオンが、好奇心に負けて尋ねる。マルスが「長くなるから後で教えてやる」とだけ答えれば、素直に引き下がった。
「先代伯爵殿本人もなかなかのお方で、是非とも懇意にしておきたいところだしな。その先代伯爵殿からの申し出でもあるので、手紙を預けても問題ないであろう。そちらは…マルス、お前に任せる。エルディオン、新規納品許可証についてだが…」
昼食時まで男達がみっちりと仕事の話をする間、リュールとエルダは彩り豊かな庭園での散策を存分に楽しんでいた。