■女子寮■アルテミアと彼女とピュアチ
王立の貴族学園、女子寮の一部屋にて。部屋の主はアルテミア嬢。宰相の娘にして公爵令嬢、第三王子の婚約者候補筆頭。他のご令嬢方は『アルテミア派』の中心メンバーだ。
「アルテミア様、お一つ如何ですか?」
簡素で控えめな装いながらも、振る舞いから知性が滲むような彼女に呼びかけられたアルテミアは明らかに「不機嫌!」と分かる顔で視線をチラリとだけ寄越す。
部屋に集う令嬢方は自分達より身分の高いアルテミアの初めて見るあからさまな不機嫌さに萎縮しており、ハラハラと見守るしかできない。
「こちらは東より取り寄せましたなのよ」
にっこりと笑い、怒気を醸すアルテミアへと果実を一切れ差し出した。彼女自身も高貴な身分なのだが、メイドのような事をさらりとやっても様になるし、誰も咎めない。
「……頂くわ」
やっと、声を発したアルテミア。周りのご令嬢方から賞賛の眼差しを浴びる彼女が、さり気なく切り出した事でその日の『集いの会』の定期報告は始まった。
定期報告終了後、他のご令嬢方がそれぞれ自室に戻った。残ったのは知的な彼女と部屋の主のアルテミアだけ。
「…ごめんなさい、酷い振る舞いだったわ。貴女が助けてくれなかったら、どうなっていたかと思うとゾッとするわ」
「一度くらいならば良くってよ。幸いにも、皆さんはレティシアさんの昼間のはしたない振る舞いのせいで貴女が不機嫌なのだと思っているもの。ふふ、うまく都合の良い方向に転がったものよね」
「そちらはまだ放って置くとして、東の二人よ。ねぇ、どうなの?何か分かりまして?」
熟れきったピュアチを味わい、彼女が言葉を探すように少し考え込んでから口を開いた。
「毎日イキイキと平民生活を満喫しているそうですわよ、本当に」
「そんな…!」
「魔法関連の書籍がお二人の手に渡るように手配した時も、今回のピュアチの買い付けがてらの調査も、答えは同じ『二人は楽しそうに元気に平民として暮らしている』ですもの。そろそろ諦めたらいかが?」
酷い裏切りだ、と言わんばかりの顔のアルテミアに、彼女は『私も宰相様経由でルゴール伯から牽制の言葉が届きましたのよ』と肩を小さく竦めた。
アルテミア自身も散々牽制されてしまっており、父からも自重するようにと釘をさされてしまっている。
「リュールさんも、エルダさんも、そこまで貴族が嫌なのかしら。では、貴族としてではなくて、平民のまま私達のもとへ来て頂く方向に計画を修正しなくてはいけないわ…」
ブツブツと呟きながら考えを纏めアルテミアだが、彼女はその不作法を咎めたりはしない。気心しれた相手なのだし、お互いに『外』と『内』で振る舞いを切り替えるのはいつもの事だ。
「貴女がお二人に執着するように、ルゴール伯がお二人に肩入れするのも有る意味では必然で当然なのよ。焦らず、まずは自分の足下を固めるべきではなくて?」
「どのみち婚約者候補の話は殿下が学園を卒業なさるまで動かしようがないわ」
「アーガンダ侯爵は先日で完璧に落ちたそうだけど、ヤーシュカ様はあのままで宜しいのかしら?昨年の冬は風邪をひくこともなく、今もお元気らしいわよ」
「なんとかは風邪を引かないらしいわね」
ヤーシュカ嬢には興味の持ちようがないので、バッサリ。彼女もついでに聞いただけなので、その後は雑談をして自分の部屋へと戻った。
部屋にはピュアチの放つ爽やかだが甘い香りが静かに漂っていた。