東へ進め!塩と果実酒
ルゴール辺境伯領地へ戻って、数日間は缶詰め状態。
無事の帰宅を祝っての内輪の食事会や、マリリオンと過ごす和やかな時間もあったものの。大半はクルス叔父とともに報告やら説明に質疑応答とてんやわんや。
留守中の領地の話を聞くと、魔物が町の近くに一体出た以外は安定しているそうだ。良かった良かった。
「安定はしておるが、停滞気味とも言えたかの。お前さん達のお陰で塩の確保ができた事だし、当面は安泰だな」
距離はあるが南の大国の方から安く輸入できるようになったのは大きい。海に面した隣国は小競り合いする仲だし、無駄に高いのが気にくわなかったからスッキリした。クルス叔父の手柄だけどな。
「果実酒を出す事になっちまってスマンな、オヤジ殿」
「構わんよ、王都に売る予定が南にズレただけだ」
この辺ではありふれた果実のピュアチを使った果実酒が、塩の対価となる。質の安定に漕ぎ着けたばかりだから、輸出先は南の大国に限定しながら量産体制の確立に着手するしかない。限定といえば、贈答用になる特級品の果実酒も欲しいよな…
つらつらと考え事をしながら歩いていたら変な物を見た。
非番のはずのマリリオン付きの侍女が納品部の別館前で小躍りしている横で、ワズラーンが萎れてうなだれている。
「ざまーみろでございます、ワズラーン様……!……お見苦しい所を見せてしまいました、申し訳ございません」
侍女の方が俺に気付いたようだ。覗き見していたみたいでアレだが仕官服のワズラーンがこんな所で何をしているのか気になる。
「わざわざこの時間に休憩時間を宛ててまで来たのに、お目当ての品を鼻先で買われてしまった哀れな私に何かご用でしょうか、エルディオン様」
暗いなー、相変わらず。でも、仕事一筋のワズラーンの意外な一面だ。
聞けば、納品部で査定終了と同時に即売れてしまう薬茶を買いにきたとか。薬茶なら街で買えるだろーがと言ったら侍女とワズラーンにユニゾンで『買えません!!』と即答されちまった…。
「リュール嬢の薬茶は数は未定、予約不可なんです。マニアの間では有名ですよ?」
「俺はマニアじゃねーから知らんが、一緒に飲めばよくないか?」
ワズラーンは目が点だが、侍女の方は『ワズラーン様の秘蔵品と交換試飲なら…』と言っていたので、解決したことにして昼飯を食べに生活棟へ戻った。
「ん?ばーちゃんそれ、良いな」
食後に趣味の庭園の手入れを自らするばーちゃん、園芸鋏の持ち手の飾りが洒落てる。
「ふふ、ありがとう。お気に入りなのよ、エルダちゃんの飾り紐。品薄で買い占めもできないのが難点なのよねぇ」
「帰ってきてから数日の間にその二人の名前すげー聞くんだけど」
塩の話の後は本当ならば西隣の国まで足を延ばすはずが『お嬢さん方』の為に呼び戻されたんだよなぁ、クルス叔父。
愉快な報告書の通りだとしたら、面白そうなお嬢さん方だ。