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東へ進め!パンと魔物

今朝は二人揃って昨日よりは早めの起床。身支度を整えた後は、やはりパンだけという質素な食事。


「激しく口の中の水分を全力で持っていかれますわね!私、食事の度にこのパンと闘っている感覚に興奮しますわ」


瞳を煌めかせるエルダに、顎が怠いリュールは微笑みで応じるのみに留めた。


下級貴族とはいえ、貴族だった二人にとってパンといえば『ふわふわ』だの『もっちり』や『しっとり』と形容されるものしか知らなかった。


「私、すっかりこの平民パンの虜ですわ!!私もこのようなパンを焼けるようにならねば!」


町に到着した日に購入したこのパンは、日持ちする事と安価な事で平民や農民の常食とされている。少ない材料で手軽に焼けるので、自作する家庭も多い。


しかし、町には他のパンも普通に売っている。


次に購入するときは同額でやや小振りになるが、あの柔らかそうなパンにしましょう。リュールはそう決意した。



「では、参りましょうか。魔物や獣に毒虫や蛇には十分に気をつけること」


「決して深入りしないこと。むやみやたらに木の葉や実には触らない、ですわね!心得ておりましてよ」



二人仲良く森を目指して家を出る。


エルダは可愛い編み籠と古びた箒、リュールはお揃いの編み籠に錆びた鎌。


「ふぁッ!?」


少し離れた木の上でテオールが二人の格好に驚き、しかも二人が森に向かうのに更に驚いた。


「そんな装備で魔物と遭遇しても、素敵な騎士様は颯爽と助けになんか来ないんですけどー??」


これだから世間知らずのごれーじょーは困る、と口をへの字にひん曲げるテオール。



町外れの二人の家から、てくてく歩く事しばらく。



「まぁ、幸先の良い事に早速の薬種発見ですわ!エルダ、見張りをお願いしますね」


ウキウキと何やら木の実を拾うリュールの姿を遠目に、会話内容までは拾えないテオールは首を傾げる。


「ピクニック気分なのか?…それにしては、ふわふわは突っ立ってキョロキョロしてるけど」


木の実を一カ所に集めたリュールが、可愛らしい籠からズタ袋を取り出して木の実をポイポイと放り込む。


選別しながら入れていたのだろう、不要とみなされた木の実をリュールが遠くに投げ捨てた。…狙ったわけではないだろうが、それはテオールのいる方向だった。



「これ、食えないんだけどな…?」



歩き出した二人を追う前に、リュールが投げ捨てた木の実を拾う。虫食いがあるのを差し引いても、食用にならない。


エルダが蔦を集める時はリュールが周りを警戒し、リュールが木の根や草花を採取する時はエルダが見張り。


どうやら、役割分担しながら植物採取していると理解したテオールの朝からの不機嫌さはすっかり霧散した。気付かれないように距離を保っているので、後から二人が採取した形跡から考察するに『何かの材料』を選んでいる。




『!!』




テオールの項がゾワリと粟立つ。このイヤな感覚は…魔物が近づいている。


ここはまだ森の入り口だし、この森には魔物が現れた事など今まで一度も無かったのに。そもそも、ここ三年の間は魔物の痕跡すら確認されていないはずだ。



心を落ち着かせて、気配を探る。



「魔物発見!ですわ!!」



エルダの呑気な叫び声がこだまして、テオールは思わず「ヒィ」と小さな悲鳴を上げる。


「「では、逃げますわよ」」


貴族の令嬢って、意外と足が早いんだなー…。


テオールがうっかりと緊張感の無い感想を抱くほど、二人の逃げ足は早かった。あっという間にテオールの居る木の下を通り過ぎて、迷うことなく町方向へ。



魔物は、というと。



少女達のどちらが投げたのか分からないが、パンの匂いを熱心に嗅いでいる。魔物が襲うのは人間を含む生き物で、パンは多分、食べない。


だが、パンに残った人間の匂いに気を取られている内に二人はすたこらさっさと逃げるのに成功している。



「…………こんなのアリかよ…いや、いい事だけどさ…」



ちょっと複雑な気分のテオールも、魔物を一瞥すると気配を消して全速力で森を抜ける。二人の少女の家をチラリと横目に、そのまま走り去る。


町の役場に魔物出現の報告をして、その足で砦に向かう。


テオールの本来の任務は二人の少女の観察だが、魔物出現となれば話は別だ。


たかが一匹の魔物ではあるが、そのたった一匹の魔物が町を殲滅してしまう事があるのだから。実際に、この東の辺境の村や町は何度も何度も魔物に蹂躙されてきたのだ。



テオールの緊急報告を受けたワイナーは即座に討伐部隊を派遣し、同時進行で町や近くの村に対応部隊を送る。


その間にテオールがビアールを呼び、こちらにも報告。ワイナーとビアール、テオールが合流したとこらに事態を聞きつけて辺境伯が自ら出向いてきた。



砦でそんな大事になっている頃。



二人の少女は呑気にパンを食べて、少し遅めの昼ご飯。


食後はのんびりと採取してきたものを見せ合い、洗ったり干したりと下処理をして過ごした。



「あら?そういえば、魔物の事をすっかり忘れておりましたけれども……もしかして、お役所に届けた方が良かったのかしら?」


「まぁ!!確かに、そうでしたわね。そうね…今からでもお知らせにいくべきですわよね」



日暮れ時にようやくその事に思い至ると、役所に向かう。何やら立て込んでおり、物々しい。

声をかけるタイミングを伺う二人に、老婆が『森に魔物が出たから今日はもうダメだとさ。あんたらも早く帰りなさいよ』と話しかけてきた。


老婆にお礼を言って、帰宅。


魔物って迷惑ですわね~、と話しながら晩ご飯を済ませる。早々に寝台に潜り込み、就眠。


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