東へ進め!ご機嫌なエプロン
納品とお手伝いを終えて、初夏の道を歩む二人。
普段から脳天気でお気楽な少女達なのだが、本日は鼻歌フンフンと小躍りでも始めそうなご機嫌ぶりだ。
「お、二人ともお疲れさん。妙にご機嫌だな?」
顔見知りの砦の見張り番に声をかけられ、エルダがニマニマと手籠から布を取り出して広げた。
「見て見て!これ、ワズラーン様から貰ったの。リュールとお揃いの、私達の制服!」
見張り番は答えに窮した。
「よぉ、お疲れー。制服っていうか、ごく普通のよくあるエプロンだよな?」
助け舟のごとく、食べかけのピュアチを片手にテオールがひよっこりと砦の出入り口からあらわれた。
「ごく普通のエプロンですけど制服ですわ、丈夫でしっかりした作りで私達のお仕事専用ですのよ~」
「ふーん。まぁ、良かったな。仕事専用って用意されたならそれだけ働きが良いってことだもんな」
「うんうん!そうだよね!あ、早く帰って刺繍しなくちゃ!!じゃあまたね、バイバーイ」
「気をつけて帰れよ、じゃあなー」
足取り軽く遠ざかる少女達を見送りながら、見張り番が館を見上げて呟いた。
「もう少し、可愛いエプロンが幾らでもあるだろうに」
少女達があまりにも喜んでいたので口にはしなかったが、あのエプロンは実用的だが全く可愛くない。可愛くなさ過ぎて、少し憐れにすら思った。
カーキ色で、エプロンの基本の型紙通り。以上。
「仕事なんだから、可愛さより頑丈さだろ?」
「テオール、お前…。頑丈さに可愛さを足せばより良いエプロンだろ」
お前はまだまだ子供だな、とは言わずに濁して説明する。テオールは素直に『そーだな!』と同意した。
「あ、だからエルダが刺繍!って張り切ってたのかもな。手先が器用だから自分で可愛くするんじゃないのか?」
「そうかもしれんな。しかし、カーキ色で可愛い刺繍のエプロン…想像がつかんなぁ」
カーキ色のエプロンに施されたエルダ渾身の刺繍に、10日後の領主館では笑いと絶賛が巻き起こるのであった。
「エルダ、あまり根を詰め過ぎてはダメよ。続きは明日になさい」
「うー。分かった…あとちょっと!明日には完成かな」
仕事ぶりが認められて、お遣いの他にお茶汲みや備品管理のお手伝いも始めた二人へのご褒美にとワズラーンからエプロンを支給された。
他の文官が「二人の制服だな、おめでとう」と祝福されたのだが、やはり「地味」だの「これだからワズラーンは…」という声が飛び交う。
「…仕事の邪魔にならない範囲でなら、君達の好きなように手を加えて構わない」
その言葉を受けて、エルダが張り切る。
午前中は家事、午後は作品作り。その合間や、寝る前のひと時にエルダの情熱を注ぎ込む。時々、リュールから制止を受けながらも熱心に針を進めた結果。
それぞれの瞳の色と同じ糸で、エプロンの胸部分にデカデカと【お手伝い中!】と刺繍。その下には少し控えめにそれぞれの名前が入っている。
左右のポケットには、リュールは花と葉の意匠で思わず見惚れるほどの緻密で見事な刺繍。エルダは鳥の羽と蔦で、写実的で精緻な刺繍。
裁縫や装飾に疎いワズラーンがなんとなく想像していた、レースやフリルや飾りボタンは一つもついてなかった。
後日、このエプロンの『技術は凄いけど、まずは笑える』という評価を聞いてルゴール伯の夫人がわざわざ文官部屋まで見に来た。