東へ進め!初夏の街と帰ってきた男達
季節は春から初夏へと移ろい変わり、目にも鮮やかな新緑や、頬を撫でる爽やかな風が心地よい。
ところが、街の女性達、とりわけ若い娘達の脳内は春爛漫に戻ってしまっているようだ。
先日、ルゴール伯の三男クルスと孫のエルディオンが辺境領へと帰ってきたのが原因らしい。街の人々の浮かれようから、領民に人気のある人達なのだとリュールとエルダは認識していたが。女性陣の盛大な浮かれようには引いてしまう。
「ああ、エルディオン様。異国で過ごされてさぞかし賢くより一層逞しくなられたのでしょうね。そのお姿はきっと神々しく、私は一目見たら眩さにきっと気を失ってしまうわ。お優しいエルディオン様はさっと私を抱き上げて、まるでガラス細工の羽を扱うがごとく、軽々とでも、そっとそっと私を……キャー、やだ、私ったら!キャー」
「いやらしい子ね、もう!破廉恥よ?…でも、分かる、分かるわその気持ち!その想い!だから、もっと続けて。ほらほら!貴女の本気はそんなものではないでしょ!」
「私は綺麗過ぎるエルディオン様より、大人の余裕と渋さのクルス様でお願い……」
いつもならキャンキャンと吠えてかかる三人娘が、店内とはいえ他に人も居る所で白昼堂々と妄想語りに夢中。
掴まると面倒なので、そそくさと買い物を済ませて立ち去るエルダだが、妄想に夢中な三人娘はエルダが来店したことすら気付いてなかったようだ。
「孫娘が嫁に叱られるほど、毎晩毎晩まじない三昧での。おかげさまでこっちは寝不足、困ったもんだよ」
「懐かしいの、夢結びのまじないだろ?あんたも大昔にはドはまりしてたじゃないか。血は争えんものだねぇ、しっかし、あんたの孫娘っ子はもうそんなお年頃かね」
「ちょっと前までおしめをしていたような気がするがの、エルディオン様エルディオン様とすっかり年頃の娘っ子らしく黄色い声で騒いでおるよ」
「無理無いの、あの御方はますます男ぶりを上げておられるそうじゃないか。まだお姿を街中では見んが、生まれた頃から美の神の最高傑作と呼ばれるほどじゃてご成長ぶりが楽しみよの」
ご近所の老女達の語らいを聞くとはなしに聞きながら、リュールは裏庭で洗濯物をせっせと干してゆく。似たような会話を先日は公園広場でも聞いたばかりだ。
リュールとエルダは自分達には関わりない事だとあまり気にせず、のんびりまったりと穏やかに過ごしていたある日。
「こんにちは、二人とも居るかね?」
ドアの向こうから、ちょっと懐かしい声。町の雑貨屋の店主が二人を訪ねてやってきた。
「こんにちは。ご無沙汰しております、おじさまも町の皆様もお変わりありませんか?」
「お陰様でみんな元気だよ。ああ、そういえばミルタの坊やが飴が欲しいとぐずったりはしているけどね。二人は元気にしているのかね?なんでも、酔っ払い野郎を退治したり荒れ狂う猪を一撃で仕留めたりで勇ましい活躍をしていると聞いてるけど、ケガなんかはしてないだろうね?」
酔っ払い野郎はともかく、猪を仕留めた覚えはない。
「なぜ猪ですの…」
解せぬ、とリュールが首を傾げる。ともかく、狩りはしておりませんわとだけ答えておいた。
「それなら良かったよ。町の連中が心配していたからね、留守かもしれんが寄ってみようと思ってね。二人の元気な顔が見れたことだし、私は帰るよ」
少しだけ待ってもらって、町の雑貨屋の店主に配達を頼む。暇を見ながらの作り溜め中なので数は少ないが蜂蜜飴をミルタの坊やへ届けてほしいとお願いすると、快く請け負ってもらえた。
しかも、配達賃は『町へ遊びに来たら、ウチで婆とお茶でも飲んでやってくれれば十分さ』なのだとか。
雑貨屋の店主や、町の人々が引っ越した後も自分達のことを気にかけてくれている。少女達はその事に喜び、感謝しながら『いつ頃に町へ行こうか』と相談をした。