■東の砦■テオールの進む道
砦の一隅にテオールの部屋がある。陽当たりは悪いし狭いのだが、天涯孤独で帰る家も無いテオールにとって砦が我が家で砦の人々が家族なので不満は何もない。
テオールの生まれ育った小さな村は魔物に襲われた。
運悪く村人総出の祭りの真っ最中、広場は一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図に変わった。誰かが『町へ走れ』と叫んだが、腰を抜かしたり恐怖に硬直する者ばかりで、動けたのはテオール一人だけだった。
テオールの報せを聞いた町の人は砦へと報せの馬を走らせ、町に居た見習い騎士は町の男を連れて直ぐに村へ向かったが、見習い騎士は到着するなり村の惨状に腰を抜かして助けを求める瀕死の村人を見捨ててほうほうの体で逃げ出した。
魔物は散々村人を喰い散らかして既に姿を消しており、町の男は瀕死の村人達の最期を看取ると町へ報告に戻った。ワイナーやビアール達が到着して直ぐ、魔物は近くの森で討伐された。逃げ出した見習い騎士はそのまま一時行方をくらまし、騎士団から除名。
当時、9歳だったテオール。
家族や友達、村のみんな。一度に全て失い、呆けたように虚ろになる子供を不器用にワイナーが抱き上げた。彼もまた、魔物に襲われて家族全員を失った身。
ワイナーに保護される形で砦に引き取られ、その後ほんのごく僅かだが魔力があると発覚したテオール。
11歳で見習い騎士になり、魔法は使えないが魔物の気配や魔力を感知する事ができるので重宝される。 しかし、まだ心の傷は癒えておらず、魔物を感知した日の夜はいつも悪夢を見ていた。
12歳でその感知能力と、身体能力の高さを買われて『元ごれーじょー方』の観察を命じられた。観察中に感知どころか魔物と遭遇したが、その夜に見たのは『呑気にパンを投げる元ごれーじょー達と逃げ惑うビアール』と言う、妙にほのぼのした夢だった。
呑気だが妙に逞しい少女達の観察はテオールにとって、良い刺激となり糧となった。
やがて少女達が街へ越し、交流を重ねて今や友人である。
その少女達が襲撃され、その犯人が『元見習い騎士』であの時に村人を見捨てて逃げた男と知った。
強張った顔で話を聞けば、あの少女達は襲撃に激怒してたった一撃で男を撃沈させたという。
「…あの脳天気コンビが激怒?一撃で撃沈??…マジ?」
胸いっぱいに広がった、あの男へのドス黒い感情が一瞬で吹き飛んだ。魔物にパンを投げてすたこらサッサと逃げるわ、夜に襲撃されてブチギレるわ、規格外で想定外な少女達に毒気を抜かれて男の事が本気でどうでもよくなってしまった。
襲撃の翌日にワイナーの奢りで少女達と昼御飯を共にした時に、なぜ返り討という危険な選択をしたのか質問する。
「玄関を壊されそうだったんだもん。修理代でオイルランプが買えなくなったら嫌だからね~」
「あのままでは安眠妨害になりかねませんでしたしねぇ」
そんな理由だったんかい…と、遠い目になるテオール。
しかし幾らにも無謀だ。裏口から逃げて近隣に助けを求めるか、扉の前にバリケードを積む発想は無かったのか?
「まぁ、そんな手がありましたのね!テオール、貴方ってやっぱり賢いのね!!」
「ホント、すごーい!私達、斬るか蹴るか殴るかしか思いつかなかったのにね~」
呑気に大絶賛を贈る少女達と別れ、ワイリーと砦へ戻る。ルゴール伯は既に館へ戻っていたが、ビアールから『進展はあったか?』と聞かれた。
「んー?あいつ等に負けてらんねーと思った。…なぁ、ビアールのオヤジ。俺さ、今まで『村のみんなの分まで生きる』とか『正騎士になってこの領地を守る』とか思ってたけど。あいつ等みたいに、肩肘張らずに楽しい事は楽しんで、頑張る時に頑張って正騎士目指すことにするぜ」
悲壮な顔で剣を教えてくれと頼んできた子供が、今は照れ笑いで『そんだけ!決意表明終わり!』と言い残して走り去る。その背中は春の日差しを受けて眩く、ビアールは目を細めて見送った。
ビアールは『ラブ的な方も少しは頑張れよ!』と少しだけ思った。