東へ進め!ピュアチ
「本当に…何かの間違いではございませんの?」
間違いではないと、リュスカが言ってもリュールは渋い顔をしたままなかなか代金を受け取ろうとしない。
「火傷用軟膏を3個で、これは明らかに頂き過ぎです。容器も街で買ったありふれた陶器でしたもの」
代金が少ないとゴネる者は多いが、その逆は珍しい。
リュスカの背後で見守っていた老人が曲がった腰をトントン叩きながら、笑い皺をより深める。
「ふふ。あのね、王都の相場でばかり考えてはダメよ」
「これこれ、リュスカや。儂に口止めしたお主が自らヒントを与えてどうするんじゃ、全くズルいのう。あー、ところで新鮮なピュアチはここでは安いが他では高いのう?」
ピュアチとは国の東側でしか採れない果物で、収穫後は日持ちしない為に王都では高級フルーツに分類される。
「…あ!そういう事でしたのね、察しが悪く申し訳ありませんでした」
頬を染めるリュールに、リュスカが柔らかな笑みを湛えて代金を差し出した。今度は素直に有り難く受け取る。
エルダも前回の納品分の代金を受け取り、ニマニマしている。今回分の納品も終えて、念の為に次回の納品からエルダの納品数が減る事を伝えた。月に一度は納品すればひとまず問題は無いらしい。
「エルダの納品許可証の更新が危ないようなら忠告はしてあげるから、思う存分頑張ってね!でも、うん…そうね、毎月2つ以上納品すれば問題ないと思うわ」
リュスカの言葉にエルダが深くお辞儀して、納品部を後にする。
元気良く文官部屋へ出勤した二人をワズラーンが手招きで呼び寄せた。その片手には書類の束。
「この前は慌ただしくて済まなかった。悪いが、今日も早速お遣いを頼むよ」
前回ほどではないが、やはり顔色の優れないのを見ると相当忙しいのだろう。ワズラーンが際だっているが、他の面々も疲れた顔をしている。
「では、行って参ります」
「行ってきまーす」
荷物を棚の片隅にしまうと、少女達はてんでにお遣いへと向かって行った。
エルダが一足早く戻り、追いかけるように戻ってきたリュールの手には書類。
「途中でお会いした開拓部のカロフ様より、ワズラーン様へとお預かりしておりますわ」
「カロフから?」
書類というより走り書きのメモのような印象だが…読んで納得、これはただの走り書きだ。ワズラーンは盛大な溜息を吐きつつ、リュールとエルダに次の指示を与える。
二人が部屋を出るのを見届けると、文官部屋で最年少の青年にカロフの寄越した走り書きを見せるワズラーン。
「ちょ、ちよっと!!ワズラーン様!これ!!!!」
動揺のあまり大声を出し、椅子を倒して勢い良く立ち上がった青年文官がわたわたと少女達を追おうとするのを制して大丈夫だと伝える。何事かと走り書きを拾って読んだ中年の文官はゲラゲラ笑っている。
「あの…?」
カロフの寄越したメモを『もしもリュールが盗み読みしていたら……』と、カロフが意図して渡した事を説明。現実には起きないと知り、青年文官がヘタヘタと座り込む。
「あー、はい、分かりました。でも、本当にビックリしましたよ、もう!なんで俺に見せるんですかそんな破廉恥で罪深くて穢らわしい手紙!」
プンスカプンスカと青年文官が怒るが、中年文官はそれを見て更にゲラゲラと笑っている。
「お前がどんな反応をするかと思って見せたが、清らかで正義感溢れる男で何よりだ」
青年文官は赤い頬のまま、ゴニョゴニョ言いつつも仕事に戻る。ワズラーンはカロフの走り書きをキッチリと燃やして、己も仕事の山へと向かいなおした。
因みに、リュールとエルダは託された書類を盗み読みなどしていないし、ワズラーンも見られて困るような書類を渡す事はない。少女達もその程度は分かっている筈だ。
それでも、リュールに書類を表向きで手渡すとチラリとも視線を落とす事なく裏返しにする事に気づいている。
エルダは受け取ったら流れるような動作で小脇に抱えて部屋を飛び出して行くのでよく分からないが、帰るのも早いから見ていない気がする。
どちらにしても、盗み読みするような少女達ではなさそうだとワズラーンは思っている。
懸念が芽生えたのは、カロフからの走り書きで『そうか、そういう対象に見える可能性もあるのか…』と少女達が野郎ばかりのむさ苦しい所へ居ることに対してだ。
『いやでもあの2人をそういう目線で見るのはかなり特殊な性癖ではないか?元気溌剌な子供だぞ、どう見ても…いや俺はそちら方面はどうも疎くて分からないが』
それでも、気をつけてやらねばな、と頭の片隅にメモをした。