東へ進め!三人娘と花蜂獣
納品の翌日、二人はお昼前に丘の麓近くの雑木林へ。街の石垣の外ではあるが砦も近く、普段から往来があるので比較的安全だ。
「おや、あんた達も来たのかい。精が出るね」
アマンダが背負った籠には枝、手にした笊籠には木の実。
「こんにちは、アマンダさん。ええ、私達も枝拾いがてらに材料を集めようと思いまして 」
「ああ、それじゃあもう少し先の野原まで行くのかい?意地悪小娘達も行ってるはずだから気をつけなよ」
アマンダの忠告にエルダがアハハと陽気に笑い、リュールもニコニコ頷けばアマンダは苦笑いで手を振って別れた。
雑木林で枝を拾いながら、野原へ続く道を進む。
「あーらら。お嫌ですわぁ、元お貴族様が来たからかしら。急にお香水臭くなっちゃいましたわよぉ、これじゃお花の匂いが台無しだ…ですわぁ」
かなり無理のある口調で意地悪小娘こと、街の少女一号がイヤミらしきものを言う。二号と三号がわざとらしく鼻をつまんでいるが、リュールもエルダも香水をつけていない。
「こんにちは、今日も楽しそうね!」
屈託の無いエルダの挨拶に三号が顔を真っ赤にするし、二号は目尻を釣り上げる。
「この辺りに香りのする花は咲いていないようですが、どのような香りでしたの?この先に咲いているのかしら」
医薬品の材料になるなら採取したい。リュールは真面目に聞いたのだが、ただの言いがかりで口にしただけの一号はそれが反撃に取れたようだ。
「あんたねぇ…!生意気『おーい』」
一号の語尾を掻き消す呼び声に、5人の少女達が声のした方を見れば馬に乗ったテオールだった。
「よっ…と。あれ、お前らいつの間に仲良くなったの?」
馬を轢いて近づいたテオールが驚いた顔で5人を見る。
「引っ越して翌々日にお近づきになりましたの。ところでテオールはお仕事中ですの?」
「ん、そう。見回り中に二人の頭が見えたから春の花蜂獣の説明した方が良いかと思って」
頭?とは思ったがそれより花蜂獣とは何か尋ねる。昆虫なのか獣なのか、はたまた植物なのか。
「春には絶対に関わるなって毒がある奴等の事を纏めて呼ぶのが花蜂獣。夏と秋にもそれぞれあるんだぜ。リュールなら薬は持ってるかもだけど、まぁ一応な。詳しくはこれやるから読んでおけよ」
「わざわざ有り難うございます。あら…うふふ、これはこれは…」
ヨレヨレの紙片を広げてリュールがウットリ。毒は薬と双子のようなもので、医薬品に関する事への知識欲旺盛なリュールには注意換気のチラシは熱烈なラブレターより読んで心ときめく代物。
「え…変な子」
一号のさっきまでの怒りは萎んだ。三号はちょっと怯えた目でリュールを見ている。
「そう言えばお前ら、今日は店番は良いのか?…じゃあな、俺は他にも回る所があるからもう行くぜ」
二号が「あっ!!」と叫んで顔色を変えた。三人は三軒並ぶ店の娘達、他の二人はまだ時間に余裕があるが、二号はそろそろ店へ戻っていないとまずい時間。
脇目もふらずに物凄い勢いで街へ向かって走る走る。一号もそれを追いかけて走る。
「匂いも毒もないけど、少し先に綺麗な花は咲いてる」
三号はポツリと言って、とことこ走りだした。その後ろ姿にエルダが無邪気に『ありがとー』と声をかける。
アマンダが『意地悪小娘』と纏めて呼ぶ三人娘だが、リュールもエルダも特に意地悪をされているとは思わない。
肌を突き刺すような悪意も一欠片の害も無いのだし、あの三人娘は見ていて楽しいだけだ。
「エルダ、この辺りに使えそうなものはある?私は少しこの草の根を集めますわ」
「特にないみたいなの。だから、私もそれ集めるね」
「まぁ、有り難う。お薬にはならないけれど葉にも使い道があるから丸ごと集めましょう」
ちまちまとひたすらに地味な作業をして、二人とも手籠がいっぱいになる。
「思ったより時間がかかったねー、そろそろ帰ろ?」
エルダが思い切り伸びをする。リュールも固まった身体を解しながら「綺麗なお花だけ見て帰りましょ」と提案。
「これかな?わー、ほんと綺麗だね!」
「えぇ、本当に。可憐なお花ですわねぇ」
野の花ゆえに、さほどの派手さはない。しかし、どこか儚い清楚な花に二人は束の間の癒やしを得て帰路についた。
採取した植物をリュールが下処理し、エルダは晩ご飯の支度をしながらお喋りを楽しむ。
晩ご飯はパンと豆のスープ。この街の平均的な家庭にしても質素な食事内容だが、町へ来た当初を思えばこれでも段違いに進化している。
料理経験0で知識もうっすらなんとなくあるようなないような…という二人なので、最初の頃は温い水に生煮えの野菜が浮かんでいたのだから。
町の老婆達やミルタに教えを請い、何度も試行錯誤したので今はごく基本的な家庭スープならば問題ない。
エルダならば。
リュールは時々暴走して『これ、食べれますのよ』と怪しい草花を投入したがるので少し問題がある。