東へ進め!納品へ行こう
町の頃は二人の気ままなその日暮らしだったが街では10日に一度、領主館への納品のついでに文官のお手伝いをする事に決まった。お手伝いと言っても、雑用係のようなのだが。
「品物はこれで全部ね、忘れ物もないはずだわ」
「戸締まりに火の始末、あとは玄関の施錠で完璧だよ!」
さらさらのプラチナの髪を首裏でしっかり纏めたリュールと、ふわふわの濃茶の髪を高めの位置でポニーテールにしたエルダ。今朝は早起きして手早く食事を済ませた後、念入りな身支度と更に念入りな品物の点検をしていた。
「おはよー、お二人さん。準備出来てるかい?」
ノックに被せてよく通る声が玄関から響く。ご近所さんのアマンダが迎えに来たのだ。
「おはようございます、アマンダさん。はい、準備はできておりますわ」
アマンダに着いて歩いた先の待ち合いの場所には、数人の女性が荷馬車を待っていた。一通り朝の挨拶をし、初対面の人への簡単な自己紹介をしていたら荷馬車が来た。マルスから与えられている『身分証』を御者に見せて荷馬車に乗り込む。ガタゴトぽくぽくと揺られる内にあっという間に砦へ到着。
「じゃあね、しっかり頑張るんだよお二人さん」
砦で降りるアマンダにリュールはニッコリと頷き、エルダはニコニコと手を振って応じた。
砦から目と鼻の先の領主館の裏口で荷馬車から降りる。使用人達が使う出入り口だが、見張り番がしっかりと身分証の提示を求めてきた。
無事に出入り口を通過すると、他の同乗者達はそれぞれ違う仕事なのかばらばらの方向へと歩み去って行く。少女達は事前に教えられていた納品部へ向かうと、先客達が列に並んでいた。
「お嬢ちゃん方はコッチじゃよ、おいでおいで」
納品部は出入り口を入ってすぐ脇、剥き出しの地面に屋根と柱だけの場所。そこに並ぶ列の最後尾についた二人の肩を、腰の曲がった老人がポンポンと叩いて声をかけた。
「そっちは野菜とか炭とかじゃからのー、お嬢ちゃん方はこれからは納品はコッチへ来るんじゃよ」
老人と一緒に少し先の建物へ入ると、先客なのだろう平民風の青年と入れ違いになった。値踏みするような視線を受けて、リュールがさり気なくエルダを背後に庇う。
「ほいほい、お嬢ちゃん方よ。ご苦労様じゃがの、あの机まで運んでおくれ」
エルダを庇うリュールと、足を止めて不躾な視線を寄越す青年の間に老人がずいっと割り込む。その隙に大きく開いた扉から少女達はささっと中へと入る。
「今朝はまだ冷えるのー」
老人が老人らしからぬ素早さで扉を閉め、それを室内から見ていた女性がプッと吹き出した。
「あらら、ごめんなさいね。お二人とも、ここへ品物を置いてね。色々と説明する前に、まずは自己紹介ね」
年の頃は20代半ばくらいだろうか。ふっくらした頬に落ち着いた眼差しの女性はリュスカと名乗り、老人の孫嫁だという。現在は幼子を抱えており、二人専門の納品担当として臨時復帰だと説明した。
「まぁ、それでは…私達の為に御配慮頂いて誠に有り難いのですが、リュスカ様にはとんでもないご迷惑をお掛けする事になってしまうのではないですか?」
それでは申し訳ないとリュールが顔を曇らせる。
「寧ろ大歓迎よ、私にとっては凄く都合が良いもの。10日に1度の朝だけなら家事に支障はないし、もともとこの仕事が好きだから嬉しいの。あ、子供は義母さんが見てくれているから問題ないわよ。それと、私の事はリュスカと呼んでね」
晴れやかな笑みのリュスカに、エルダもつられてニコニコ。少女達も自己紹介したところで納品の説明に。
納品部は使用人出入り口付近に三つあり、二人はこの建物でリュスカに納品する。今回は納品と説明だけになるが、次回からは支払いも行われるようになる。
「これが納品済みの証書よ、サインしてね」
老人が流れるような素早さで書いた紙には、リュールが納品した『火傷用軟膏3個/薬茶1袋』などの他に日付やら担当者であるリュスカの名前などが記されている。ペンを借りてリュールがサインすると、その上から印が押された。
「これを次の納品の時に持ってきてね。引き換えにこの代金を支払うから、無くしちゃダメよ」
エルダも同様に納品して、サインをする。
「お嬢ちゃん方の品はちと特殊での、他の皆のように品物の指定は無いのじゃ。当面は無理の無い範囲で納品すれば良いからの、心を込めて真心込めて良い品を卸せるように頑張るんじゃよ」
エルダの卸した編み紐を皺だらけの枯れた指先で優しく撫でて、老人がそう言った。
秋に採取した原材料は町で既に使い切っており、引っ越し翌日に街で仕入れた材料から今回の納品分を用意した二人。数は少なくとも、品質に拘り一切の妥協をせずに造りあげた品なだけに老人の言葉にも胸をはって強く頷きを返す。
「二人とも良い子じゃの」
老人とリュスカに見送られて、少女達は深いお辞儀をして建物を後にした。