東へ進め!真冬の悲劇
秋に採り溜めていた材料は全て使いきり、作った物は雑貨屋に全て納品済み。食料品も冬籠もり用の備蓄で殆ど賄えるし、気晴らしがてらに時々お買い物に行く程度。
お洗濯は天候を理由にサボりがちで、お掃除も埃を払って箒をかけるだらけぶり。
十日間にも及ぶ怠惰な生活に危機感を抱いてはいたのだが、流されるままに過ごしてしまった。その結果がこれだ。
「ふぅ…苦しッ」
そろそろ引っ越し準備でもしましょ、と、まずは直ぐには必要にならない夏の服を手にとった。そこに偶々、赤毛の少女がお茶をしに顔を出したのだ。
「荷造りの最中だったのに、邪魔してごめんね?それにしてもリュールってそういう華奢な服が似合って羨ましいよ」
お茶を飲んで少し話すと、赤毛の少女は帰りがけにリュールの置きっぱなしにした夏服に気付いてそう言った。
「華奢…かしら?」
服を広げて見れば、確かに細身の作りだ。家族がスラリとした体型ばかりなのであまり意識してなかったが、リュールも細身に分類され…ていた、はずだ。
嫌な汗が背中を流れ、震える手で服を脱いだ。寒さなんて今は些細な事だ。
窮屈な夏服に無理矢理に身体を入れようと悪戦苦闘の結果、真冬にも関わらずリュールは汗だく。
「うぐ…気持ち悪い」
昔、エルダとふざけて『限界に挑戦ですわ!』とコルセットを極限まで締め上げてからお菓子を食べようとした。
あの時の感覚に限りなく近い。
とりあえず、脱ごう。脂肪も早めに脱ごう…。
着る時よりはマシだったが、脱ぐのにも手間取ったリュールは魂が抜けたように放心。
「太ってしまって夏の服がキツいの」
遊びに行っていたエルダが、帰宅するなり放心状態のリュールに驚いて声をかける。深緑の虚ろな瞳で答えるリュールにエルダは「なんだそんな事か~」と胸を撫で下ろした。
「ええそんな事なんですのよ、私の怠惰ゆえの自業自得ですわよそうですわよ。痩せれば良いだけのことですし怠惰のツケを勤勉や労働で払えば済むだけの事なんですのよ」
廃人ぽくなったリュールにエルダが怯むが、気を取り直して明るく告げる。
「リュールは太ったんじゃなくて、成長したのよ。その服はお直ししなくちゃね、って前に言ったじゃない」
「……あら」
「すっかり忘れてたでしょ」
「ええ。やだわ、私ってばホントうっかりですわ」
パァァと明るい顔になり、小躍りするリュール。確かにそんな話をした覚えがあるのだが、裁縫が苦手なリュールは後回しにし続けている内に忘れていたのだ。
ただ、以前にそれを指摘した時点でのエルダの見立てではリュールの背が伸びたぐらいだったはず。
今現在は身体のラインに変化がある分、あの夏服を着れるようにするには……あれに合う布はこの前のあれを…いや、あれは足りないから雑貨屋で買って………ヨシ。
エルダの脳内で計算が終了した。リュールは小躍りを止めて夏服をしまおうとしている。エルダが高速で動いた。
「お直し、するよね?」
裁縫箱を片手ににっこりとエルダに聞かれ、しませんとは言えないリュール。
「お…お手柔らかに、ね?」
裁縫も得意分野のエルダが無言でニコニコニコニコと迫る。思わず後退りするが、普段のおサボりのツケを払うしかないリュール。