東へ進め!まったり冬ごもり
町の家へ帰り、まずは換気から。流石に瓶の水は捨てて、二人仲良くせっせと水汲み。
「あ、良かった!昨日は二人ともずっと留守みたいだったから心配したんだからね」
開け放したままの玄関から、赤毛の少女が顔を覗かせる。
近所に住むこの少し年上の少女は、昨晩の二人の不在を心配していたらしい。
細かな部分は省き、正式に領民になった事と春からは街へ引っ越す予定を告げる。赤毛の少女は途端にしょんぼり。
「いいなぁ、街暮らし。はぁ、羨ましい。それに街でも二人は一緒なんでしょ?」
「えぇ、私達は一緒よ。でも、町から街へはそれほど遠くないのだもの。たまには遊びに来るし、貴女も遊びに来てくれるでしょ?」
歩けば片道1時間ほどだが、馬車での往来はわりとあるので乗せて貰えば早い。萎れていた赤毛の少女が見る間に元気を取り戻した。
「そーだよね!うん、絶対に遊びに行く!」
じゃあ家の手伝いがあるから、と赤毛の少女は帰った。
「冬の間にお引っ越しの準備をしなくちゃね」
「そうね。でも、春まで時間があるもの。のんびりとやりましょうか」
冬の備えはバッチリだが、他の荷物類はさほど増えていないので引っ越すのにそう困らないはずだ。
「街の名前はレッテンで合ってる?」
「合ってるわ。そういえば、ギルドがあるわね。落ち着いたら覗いてみましょ。私達結局ギルドって登録の時に行ったきりですもの」
「あは、確かにそうね。お兄様達に『離れるなよ!絶対離れるな!よそ見するな、はぐれる!』って言われて本当に登録しかせずに終わってしまったのよね」
思い出し笑いの少女達。当時、散々念押しされたにも関わらずギルドを出た矢先で露天の方へふらふら向かってはぐれる寸前で叱られた事は記憶から抹消されているようだ。
「お兄様達、お元気かしら?」
「私達が元気ですもの、きっとお元気ですわ」
「うふふ、それもそうね!」
家族を思い出しても感傷に浸る様子はない。
「ギルドで思い出したけど、ルゴール辺境伯領の話って王都ではあまり聞かないよね。ギルドの職員からルゴール辺境伯領の情報はあまり伝わらないのかな?」
「聞いた話では、ほぼ領内ギルドのような形態のようね。本来はルゴール辺境伯領の動向や情報を把握する意味も有ったはずですけど、魔物が跋扈する土地に来たがる方は少ないし、来るような豪胆な方は歴代のルゴール辺境伯のお人柄に惹かれて領民になってしまうから結局は職員は領民で埋まるのですって」
王都から距離もあるし、他領から見れば『魔物が出るような東の辺境』なので興味もあまり持たれないのだろう。
事実、少女達も配流が決まるまでこの地の事を殆ど知らなかった。
配流が決まり『どんな土地かしら?』と調べても、意図して情報規制している様子は見受けられないものの、情報が少なくて大して知識は得られなかった。
「自給自足とか拝領の理由とか、その辺は辺境伯領地と名があれば分かる事ばかりだったもんねぇ」
「授業のおさらいにもなりませんでしたわね。あ…そういえば、学園にはルゴール辺境伯領の方は誰も居なかったはずよね?」
リュールの問いに、エルダがやや自信なさげに肯定する。調べた訳ではないが、聞いた覚えはなかったはずだ。
「ちょうど私達と同じ年頃の方はいないのでは?居たとしても、学園に入らないのは別に珍しくないし」
至極尤もなエルダの回答に、リュールが『それもそうね』と納得。二人が言う『学園』は男爵家以上の家格で、12歳~17歳までの入学テストをクリアした者にしか入学を許されない『王立貴族学園』を指す。
卒業すれば箔がつくし、一定条件を満たして卒業すれば王城での仕官の道が拓けるので貴族の子息や令嬢に人気がある。
しかし、王立に拘らない者には他にも学舎は幾つかある。リュールとエルダも、本来はそちらに通う予定だった。
ところが困った事にヤーシュカ嬢と一緒に入学するのを断固拒否とばかりに、西側の高級貴族令嬢方がこぞってそちらの学舎に入学してしまったので、二人にヤーシュカ嬢のお供として白羽の矢が貫通する勢いで突き刺さったのである。
「ルゴール辺境伯領内にも学校はあるのかな…?」
「聞いた事は無いけど、あってもおかしくはないわね。平民の学校があるのならエルダは行ってみたいかしら?」
「いいえ。読み書き計算はできるから必要ないわ。リュールは…平民の学校へ行くとしたら先生としてよね」
からかうエルダにリュールが『貴女、ワタクシの著書はご存知ざンしょーね?何度でもお読みなさい、妖精のようなワタクシの挿し絵もあるンざーます』と、学園の名物教師の真似をした為、エルダは酸欠に涙するほど笑った。