■東の砦■ フォルベールの薬箱
少女達があてがわれた部屋で寛いでいる頃、ルゴール伯は息子や数人の家臣との会議の席に居た。
「リュールとエルダ、二人を正式に我が領に迎える。アーガンダ家の件が片付いて城から催促が来るのも鬱陶しいから先に手を打て」
そう言われて、次男であるアルス・グレンディアが盛大な溜息を吐いた。ルゴール家を支える家臣団の頭たるグレンディア家に婿入りしたアルスは領地経営と外交面でルゴール伯を支える。
「随分と簡単に言ってくれますね…」
「まぁ、アルスなら上手くやれると思っているからな。だが、クルス達も呼んであるから使ってやれ」
慰めるように言葉をかけたのは、ルゴール伯の長男にして次期当主のマルス・ルゴール。
「クルスに呼んで帰って来るような可愛げが残っていると良いんですけどねぇ…はぁ。ところで、二人の身分はどうするおつもりなのですか?」
「リュール嬢の養子先には私が立候補しよう。フォルベールの薬箱を受け入れるのに我が家は最適だ」
辺境領で唯一の医師が挙手した。彼はリュールの作る医薬品を高く評価しており、以前からルゴール伯にリュールとの養子縁組みを何度か打診していた。
「ああ、その件なのだが。二人とも貴族への復籍は望まぬようだ、諦めよ。あの娘達は平民であることを選んだ」
医師がうなだれた。エルダを是非とも養子に!と考えていた様子の老人もガックリと肩を落としている。
「しかし…フォルベール子爵家もマヌエル男爵家も困窮しているとは聞いておりませんが、なぜにその令嬢方はこれほど平民の生活に順応できるのでしょうか?」
アルスの隣の青年が不思議そうに尋ねる。
使用人を雇いもせず、危ういながらも洗濯や掃除に薪割りから自炊と自分達で行っているという。普通の貴族令嬢ならば一日分の水汲みすら満足に出来るのか怪しい。
「ヤーシュカ嬢に下女代わりに洗濯や掃除をさせられている内に楽しくなって、如何に効率化するか試行錯誤の末に平民の生活を学ぶ事を思いついたそうだ」
円卓に居並ぶ男達が呆気に取られているが、ルゴール伯もこれには苦笑いを浮かべて説明を続ける。
「下女代わりにされたのは、件の嫌がらせを命じても故意に失敗したり有耶無耶にする事の罰の一つだそうだ。よくやらされていたお陰で下働きの者達とも馴染み、平民の生活をあれこれ聞いておったようだ。他にも、書籍からある程度の知識を得ておるようだがな」
マルスが唸る。貴族社会から追放されたのに脳天気なお嬢さん方だと思っていたが、そんな悲惨な状態だったとは。
「相変わらず魔法については秘匿しておる。知られたくないと思うのも無理は無いと儂は思う。誰に迷惑をかけるでもない故に…皆、その点については忘れてやるが良い 」
円卓の男達はしっかりと頷いた。
「令嬢育ちであっても、平民の暮らしが成り立つ。その上、二人ともそれぞれ収入を得ておる。リュールの医薬品は勿論の事、エルダの工芸品も我が領の発展に貢献しておる。儂は二人を正式に我が領の領民として迎えると決めたが、同情や憐憫からでは無い。二人の存在が我が領には有益と判断したからだ」
自活できており、世話は要らない。
しかも領地にとって有益な存在だ。
この決定に反対意見は出なかった。
二人の件以外にも幾つかの検討事項や報告を済ませて、会議は終了した。
「ヨシュアよ。リュール嬢を養子に迎えるのは諦めるが、リュール嬢は数年もすれば嫁に行ける歳だ。嫁入り支度や後見は私に任せて貰おう」
医師がルゴール伯に詰め寄る。
会議の後の私的な会話なので、ルゴール伯の親友として名前で呼んでも咎める者はいない。
「本人が承知すれば、別に構わんぞ。しかしお前さん、やけに気が早くないか?リュール嬢ちゃんはまだまだ色気より食い気が勝るようだぞ」
残念ながら、ルゴール伯の言う通り。町の男の中には、リュールとエルダに好意を寄せる者が居るのだが、アプローチに成功する者は居ない。
「メルディナが嫁いだ時の事を忘れたようだな?」
嫁に出した愛娘の名前に、ルゴール伯が眉尻を下げた。
そうだった、娘とは恋する相手にならばあっという間に嫁に行くものだったな。そうルゴール伯が返すと医師が笑って酒でも飲むか?とルゴール伯を誘った。




