東へ進め!平民になりました
貴族社会の縮図たる、学園へ仄かな期待と莫大な不安を胸に入学。
一年後には、学園からの追放…もとい、除籍。それどころか貴族籍も抜かれて、私はただのリュールとして辺境の地へ配流されることに。
「随分と遠くへ来てしまいましたわねぇ」
隣でニコニコしているのは、エルダ嬢。いえ、もう私と同じただのエルダですね。私とともに辺境へ流されるお友達。
「このまま二日もすれば、いよいよ到着ですね。私とエルダの新生活の幕開けですわ」
「新生活、なんだか甘美な響きですわ。ふふ、新婚さんみたいですわね?」
ではこれは新婚旅行ですわね~などと笑っていると、同乗している見張り役の中年の女性騎士が苦笑いした。
王都からずっと私達の見張りとして過ごし、最初は任務として割り切っていた彼女も今は打ち解けた様子。
「貴方達は本当に、呑気ね。そんなだから、こんな事になったのでしょう?…魔物も出るような未開の地へ行くというのに、お気楽過ぎて胸が痛いわ」
「あらあら、まぁまぁ。でも、悲壮感満載の馬車旅なんて私達には似合いませんもの。ねぇ、リュール」
肩を竦めるエルダに頷き、『悲壮感満載の馬車旅』をしているだろう某元令嬢を思って笑った。
私は元子爵令嬢、エルダは元男爵令嬢。互いの家の領地は国の西端付近で隣接しており、家ぐるみで親交がある。
西端には侯爵領があり、私達の家は侯爵家の子分扱い。
その侯爵家には私達と歳の近い侯爵令嬢がおり、ヤーシュカ様は私達をお供にして意気揚々と学園へ入学された。
学園には第三王子殿下が居られ、ヤーシュカ様は殿下の婚約者候補に名を連ねていた。あくまで、候補の一人に過ぎないのだが野心溢れる侯爵様の溺愛深い教育の結果……。
『何よ、私は殿下の婚約者なのよ!!』
と、非常に残念な方向へ実績を重ねられた。学園には他にも殿下の婚約者候補のご令嬢が何人も居たのだが、ヤーシュカ様は殿下にしか興味が無かった。
そして、殿下と婚約者候補では無い伯爵令嬢が仲睦まじい事を知って激怒。即座に攻撃を開始、陰湿な嫌がらせを思いつけば即実行。ついでにとばかりに、婚約者候補のご令嬢方にまで嫌がらせを精力的に行った。
私とエルダにも攻撃の命令は山のように出ていたが、のらりくらりとはぐらかした。伯爵令嬢のご友人に匿名で密告したり、それとなく嫌がらせの邪魔をしたりもした。
勿論、言葉を尽くして諫言も苦言も嘆願もした。
けれども私達の努力虚しく、事件は起きた。ヤーシュカ様の命令で伯爵令嬢を襲った使用人が警備に捕縛された。
芋づる式にヤーシュカ様の悪事は全て暴かれた。私達も知らなかったが、毒物にまで手を出されていた為に事態は学園内で処理できないと判断された。
私とエルダは、結果としてこうして辺境の地へ。
東の辺境の地に、貴族育ちの娘が二人。報告数は少ないが毎年、魔物の出没が確認されている。そんな土地で平民として暮らす。
正直、私達の処断はかなり温情溢れるものだと思う。
ヤーシュカ様は最北の修道院、別名『氷の棺桶』への生涯幽閉なのだから。
ヤーシュカ様は貴族籍のままなので、護送は貴族の罪人専用の堅牢な馬車で脱走も襲撃も無く修道院まっしぐら。
貴族籍のままなのは、罪の重さを示す。生涯名誉の回復を許さず、汚名を晴らす手段は一切無い。悪質な政治犯や高位貴族の殺人犯、王族に害をなそうとした高位貴族などがこういった処罰を受ける。
ヤーシュカ様の場合、一番苛烈を極めた伯爵令嬢への仕打ちは刑罰にはさほど影響はなかった。
しかし、婚約者候補筆頭の公爵令嬢のお父上は宰相閣下。
ヤーシュカ様の父君と宰相閣下は政敵関係でもある。
また、第二王子殿下の確定婚約者の従妹にあたる方も婚約者候補に名を連ねており、こちらのご令嬢方への毒物の使用の可能性も有った事が罪を重くした。
侯爵家は今後、爵位が下がるのは間違いないだろう。
私達二人の実家は一切のお咎め無し。これは第三王子殿下と伯爵令嬢の尽力による結果と聞いており、いくら感謝しても感謝したりないほど感謝しております。この話を見張り役の女性騎士殿から聞いた時に私はエルダと二人、抱き合って泣いた。
「さぁ、到着致しましたよ。お嬢さん方」
長い馬車の移動は、半月に及んだ。ようやく到着した、東の辺境の地。結局、魔物には遭遇せずに済んで一安心。
私達の身柄は辺境伯預かりとなっているのだが、既に平民の身分なのでお目通りはない。到着の報告は騎士殿が行うそうなので、私達を役場へ届けると騎士殿は辺境伯の住まう館へと向かった。
町の役場で手続きをして、町外れの小さな空き家に案内される。
空き家は一年間無料、自己負担でなら改造も改装も自由。
身寄りのない家主亡き後、辺境伯の所有になるも使い道が無いまま放置気味だったので好きにして良いとの事。但し、一年後にも住むのならば賃貸料が発生する。
「ここが私達の、新しい住処ですのね」
感慨深そうに室内を見渡すエルダに、頷きを返す。
平民の暮らしと貴族の暮らしは全く違う。頭では分かっていたつもりだけど…薄暗くてカビ臭いし、狭いし狭い。晩秋の昼日中にこの肌寒さとなれば、真冬はどうなることやら…。やれやれ、です。
「寒いけれど、まずは換気しましょ。日のあるうちに粗方済ませて今夜はゆっくりしたいもの」
そう提案すると、エルダは嬉しそうに同意した。尚且つ、自ら重たそうな木枠の窓に手を伸ばすエルダを横目に、私もキリキリと動かなくては、と気合いを入れた。
簡単な清掃が済む頃、騎士殿が訪れた。馬車から荷物を運び入れた後、当座の必要な買い物に付き合ってくださったのにはとても助かった。
騎士殿と御者に厚くお礼を述べ、別れの挨拶をする。
二人から餞別を受け取り、騎士殿は『今度、遊びに来るよ』と言い残して帰路に着くのを見送った。
平民の娘二人、当座の生活はともかく今後どうするのか。心優しい騎士殿はしきりと心配してくれたのだが、エルダと二人ならどうにかなると思っている。そう答える事で、余計に心配させてしまうのは分かっているけれども。
私達は、夕暮れの中で顔を見合わせるとどちらからともなく声をあげて笑いました。口元を隠す扇のいらない、平民らしい笑い方で。
「お腹空いたわ、ご飯にしましょ?私は水を汲むのよ」
「そうね!では私は火をおこすわね」
「「魔法でね」」
ケラケラと笑いながら、さらりと魔法を使う。私達が魔法を使えるのは両親達ですら知らない秘密。
この国では、魔法を使える者はとても少ない。
私達が魔法を使えるようになったのは本当に偶然からだし、学園に入ってからの事。まず真っ先に、ヤーシュカ様にバレたら危険だと思った。
やりようによっては、ヤーシュカ様より高位の貴族に保護を求める事も出来たのだけど。その事に気づいたのは、私達が揃って貴族籍を抜かれた後だった。
「私達って、やっぱりちょっと呑気なのかしら?」
「そうねぇ。貴族としては致命的なくらいには。でも、平民としては丁度良いかもしれないわ」
こうして、私とエルダのお気楽平民生活は始まった。