初めての街 エルエット
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森を抜けた俺の目の前には草原が広がっていて、そのはるか向こうにはかなり高い山が見えている。俺は当てもなくひたすら歩く。森を出て30分ほど歩いたところでやっと道を見つけた。しかしどっちに行けばいいかわからない俺はそこで立ち止まっていた。10分程悩んで歩き出した方向に20分程歩く。そこで荷馬車の車輪が窪みに嵌り立ち往生している商人と出会った。
「いや~助かりましたよ!ちょっとよそ見をしていたら窪みに嵌りましてね。あっ、私は商人のベルガ―と申します。それにしても変わった格好ですね。…いい生地を使ってますねぇ、よければ売っていただけませんか?」
「えっと売るのは構わないんですが一張羅でして…。」
「ああ、それでしたら物々交換といきませんか?ちょうど防具一式もあるしローブもお付けしますよ。けどそれだけだとまだこちらが大分得してますし…」
「それでしたら今から行く街について教えてもらえませんか?この辺には疎くて。」
「ええ構いませんよ!今向かっている街は…」
俺が向かっている街はエルエットという街らしい。この国はアーリッシュ王国と言いその中でも5番目に大きい街だそうだ。エルエットは商売が盛んで変わった物が多く取引されているらしい。俺が着ていたスーツなども高値で取引されるだろうとベルガ―さんは喜んでいたが、俺は逆に浮かない顔をしていた。
「どうされましたヒロ殿?」
「いやぁ街に入るのに身分証がいるんですね。私は身分証は持ってなくて…。」
「ああそれでしたらお任せください。門番に多少包めば通してくれるでしょう。」
「はは、お金もなくて…。」
「なあに、お金も気にしなくていいですよ多少包んだところでこの服で儲かりますから!」
どうやら俺のスーツはかなり高値で取引されそうだ。そのままベルガーさんの話を聞きながら30分程して、エルエットの門前に着く。草原の小高い場所に、高さ十メートル程の壁が街を一周ぐるりと囲んでいて外からは街の中は見えない。街に入るためのチェックを受けるために俺とベルガーさんは並んでいる。
「次!…ん?身分証は?」
俺とベルガーさんの番になり兵士に問われる。
「すいません。どうやら金と一緒にすられたみたいで…」
ベルガーさんはそういいながら兵士の手を握る。手の中には銀貨が2枚。こういうのは日常的に多いのだろう兵士もベルガーさんをニヤリと見て頷く。
「よし!通っていいぞ!」
俺がホッと一息つくとベルガーさんは笑顔で兵士に礼を言い荷馬車を引き出した。慌てて俺もそれについていく。街は商売が盛んというだけあって活気に満ちている。
「どうです?賑やかでしょう?」
「ええ、ビックリしました。」
街の外からは見えなかったが、街は西洋風の綺麗な建物が多く、街灯や噴水、時計塔などもあり意外と文化が高いことに俺は驚いていた。
「ヒロ殿は冒険者ギルドに行かれた方がいいでしょうな。ギルドカードは身分証になるし登録料も必要ないので。」
「そうですね。わかりました。ベルガーさん何から何までありがとうございます。」
俺はベルガーさんにギルドの場所を聞き、ベルガーさんとはそこで別れた。
「ええっと、街の中央にある大きな噴水広場のところにある剣と杖が交差した看板…。ここか。」
俺は目の前にある煉瓦の建物を見つめる。二階建ての建物には大きく剣と杖が交差した看板が掲げられ間違いようもない。俺は少し緊張しながらもギルドの扉を開け、受付に進み3人いるうちの真ん中の受付嬢の所へ行く。
「本日はどういったご用件でしょうか?」
目の前の受付嬢はメガネがよく似合っており、仕事ができる女を醸し出している。その雰囲気に緊張しながらも口を開く。
「冒険者として登録をしたいんですが?」
「かしこまりました。ではこちらに名前を記入して下さい。」
「名前だけ?出身地などは?」
「書いてもいいし書かなくても構いません。名前さえわかればギルドカードを作れますので。」
まあ、出身地を書けと言われても困るので別にいいのだが。俺は差し出された紙に名前を書く。どう見ても日本語や英語などではない文字を俺は普通にかけていたうえに、文字も読めていた。これも神様からの贈り物だろう。
「ヒロ・ミヤベ様ですね?では、こちらのカードに血を一滴お願いします。」
受付嬢に渡されたカードに、同じく出されたナイフで指を刺し血をカードにつける。不思議なことに白紙のカードに文字が浮かび上がる。どうやら俺の名前のようだ。
「はい。間違いなくヒロ・ミヤベ様ですね。確認いたしました。冒険者についてお聞きしますか?」
「お願いします。」
受付嬢は頷き説明しだす。
冒険者にはランクがあり銅、鉄、銀、金、ミスリルまであり最上位であるミスリル級の冒険者は10人いると言う。カードには特殊な金属が含まれており縁が銅色に鈍い輝きを放っていて、更に裏には討伐したモンスターの名前と討伐数が記載されている。規定のモンスターを倒し続ければ自動的に色が変わる様になっているらしい。便利な物だ。
「最後にモンスターを倒した際の素材や魔石はギルドが買い取らせてもらいます。それと、冒険者同士の争いにはギルドは関与しません。ご注意を。」
「わかりました。早速ですが買い取りをお願いします。」
説明を聞き終えた俺は、カウンターの上に素材と魔石を出す。
「ゴブリンの魔石と素材ですね。銅貨五枚になりますがよろしいですか?」
「構いません。あと、銅貨五枚で泊まれる宿屋なんてありますかね?」
「でしたら、街の入り口の方に『草原の癒し亭』と言う宿がありますよ。」
受付嬢はやはりデキる女のようで、ここに来るまでに幾つか見た宿の名前の一つを淀むことなく口にした。
「ありがとうございます。」
俺は礼を言い冒険者ギルドを出る。時計塔を見ると時刻は5時過ぎ、そのまま視線を上に上げると日本では見たこともない綺麗な茜色の空にみとれ立ちすくんだ。
「邪魔だ。どけ。」
ギルドの前でつったっている俺に、中々質の良さそうな革鎧を着た冒険者からグイッと体を突き飛ばされよろける。
「す、スミマセン。」
その冒険者は謝る俺に目もくれず、ギルドの中に三人の仲間と入っていく。その一番後ろの人を見て俺はギョツとした。
ボロボロのローブにボロボロの革鎧を纏った男は、鎧の下に着ている服もボロボロで身体中に傷痕が残っていた。だがそれ以上に驚いたのは、頭の上についた耳に、腰に巻かれて目立たないようにしている尻尾を見たことだ。
「じ、獣人・・・。」
神様から聞いてはいたが見るのは初めてだ。しかも、想像と違い耳や尻尾があるだけで他は普通の人間とかわりない。食事もまともには与えられてはいないのだろう、かなりやせ細っている。獣人の男は俺の声が聞こえたのだろう、耳をピクリとさせるがそのままギルドの中に入って行った。
「あの人は奴隷なのか?」
【恐らく戦闘奴隷と呼ばれるものでしょう。それとマスター、私に話しかけるときは頭の中に思うだけで大丈夫ですよ。】
(そ、そうか。確かに一人でブツブツ言ってるとおかしいしな。しかし、奴隷か・・・。どのみち今の俺にはどうすることもできないな、早く強くならないと。)
【頑張りましょうマスター。】
ネメアの声に大きく頷き俺は宿へと向かう。この先に何が待ち受けるのか、期待と不安を胸に・・・。
※
ヒロ・ミヤベがギルドの外に出たのを確認し、メガネの受付嬢は自らの席に「CLOSED」と書かれた置物を置き二階へと上がる。二階に上がった先にある部屋には少し大きめの扉があった。
「失礼しますギルドマスター。」
受付嬢はノックもせずに扉を開け部屋の中に入っていく。中には机で書類整理をしている妙齢の女性がいた。
「どうかしましたか?エリーナ?」
「ご報告があります。サリア様。」
エリーナと言われた受付嬢は、サリアと呼ばれる女性の机に一枚のカードを置く。サリアはカードを見て目を見開く。
「昨日報告にあった勇者が来たのですか?」
「いえ、勇者と呼べるほどの力は感じられませんし一人でした。」
「なら、何故この称号が?」
そのカードに書かれていたのは『渡り人』、一部のギルド員が特殊な魔法で見れる情報でその者が持つ称号を見ることができるのだ。
「わかりません。王都への報告はどうなさいますか?」
「少し様子を見ましょう。今の腐敗した国に知らせれば厄介事しか舞い込まないでしょうから。」
「御意のままに。」
エリーナは慣れた仕草で優雅にお辞儀し部屋を出ていく。部屋に残るサリアはカードを手に1人呟く。
「この者は、この狂った世界に希望をもたらせてくれる者でしょうか。」
※
「一泊朝食付きで銅貨5枚だ。部屋は8人部屋だから貴重品はしっかり身に着けておけ。」
冒険者ギルドを出て街の入り口付近まで戻り、草原の癒し亭へと着いた俺の感想はどこが癒し亭だ!というものだった。宿の主人は強面のスキンヘッドで、周りにいる客も一癖も二癖もありそうな気配を漂わせていた。しかもタコ部屋だと?癒される気が全くしない。かといって、強面の主人に文句も言えず俺は渋々銅貨5枚、有り金全部を払い部屋に行く。部屋にはすでに先客がいて、こちらを値踏みするようにじろじろ見てくるがそれも束の間で、すぐに興味を無くしたように体ごと向きを変える。
【マスター。疲れたでしょう?私は睡眠はとりませんので安心して眠ってください。何かあれば起こします。】
(助かるよネメア。じゃあ任せるね。)
俺は部屋の隅のスペースに移動しネメアを抱いたまま寝ころぶ。それと同時に急速に眠気が襲いかかり、俺はあっという間に眠りについた。