巻き込まれました!
爽やかに広がる夏の空の下、営業マンである俺はクールビズのスーツを着て絶賛表回り中だった。
「あ~~あっつ~~。」
額から流れ出る汗をハンカチで幾度も拭う。俺は少し涼もうと考え、信号を挟んだ先にあるコンビニに行くため交差点へと向かう。信号待ちをしている俺の目の前には、ここら辺では有名な進学校の制服を着た高校生が4人。男2人に女2人。才色兼備とはよく言ったもので、その4人は男女ともに美男美女であり楽しそうに笑っているのがなんというか絵になっていた。
(はっ、いいね~若いってのは…。にしてもやけに長いな早く変われよ。)
そんな事を考えながら信号が変わるのを待っていた。
そしてその時は突然にやってきた。信号が変わり歩き出そうとする俺と4人の高校生。しかし、昼間にもかかわらず強烈な光が俺達の足元から輝きだす。
「な、なんだ!?」
「なによこの光は!?」
男と女の焦った声が聞こえた瞬間に俺の意識は遠のいた。
※
「お・・おき・・」
なんだ誰かが俺を呼んでいる。
「早く目を覚まさんかッ!!時間が無くなってしまうじゃろう!!」
少ししわがれた声で怒鳴られた俺は目を覚ます。
「ようやく起きたか馬鹿者め。」
目が覚めてそうそう、罵声を浴びせられた俺は怪訝な顔で目の前の爺さんを見る。白い綺麗な服を纏い背中には白い羽が、頭の上には光る輪っかが浮いている。
(あ~~~。もしかして俺死んだ?)
なんでかはわからないが特に混乱もなく死を受け入れている俺。そんな俺に爺さんは首を振る。
「お主は死んでおらん。時間がないから早速説明するが聞いて欲しい。」
爺さんの言葉に頷く。何やら焦ってるみたいだしここは黙って聞くのがいいだろう。
「お主は先程異世界より召還された。その召還に儂は干渉しお主を一時的に儂の下へ呼んだのじゃ。」
(成る程さっきの光は召還によるものだったのか。)
「その通りじゃ。理解が早くて助かる。ちなみに儂は神様じゃ。」
(ああ、なんとなくわかっていたが神様が自分で神様っていうと滑稽だな。あっ・・・。)
「儂も名乗りたくて名乗ってるわけじゃないわっ!オッといかん時間が、いいかよく聞け。主がいく世界には人間以外の種族が住んでおる。エルフ、ドワーフ、獣人に魔人。しかしその者達はその世界では魔族と呼ばれ忌み嫌われておるのじゃ。そしてその者達を総べる王を魔王と呼ぶ。」
(ああ、ラノベとかでよくある人間至上主義みたいな世界なんだな。)
「その通りじゃ。人間たちは自分たちの世界を作ろうとして勇者を召喚した。しかし、お主はその召喚に巻き込まれただけなのだが儂にとっては都合がよくての。主に力を与えるためその力で勇者から魔族と呼ばれている者達を守ってくれんか?」
(別に構わんが俺一人でどうこうなる問題か?それに勇者ってのは恐らく俺の前にいた高校生たちだろ?同じ日本人を殺すなんてできないぞ?)
「その辺は気にするな。主が勇者どもを倒せば勇者ども達は元の世界に戻るようになっておる。しかし主が負ければ死んでしまうがな。」
(なんか理不尽じゃない?なんで俺は戻れないの?)
「言ったであろう?主は巻き込まれただけだと。本来なら何の力も持たぬ者じゃ、勇者たちは召還の際によって大量に消費される魂を取り込むため力を得る。しかしその魂を獲れる者にも優先順位があってな。個の能力に優れた者順に取り込まれるのだが、主はあの中でも一番下のようだったみたいでなぁ、ゼロじゃ!」
(へ~まあね、俺みたいな大した学歴もない奴はしょうがないけどゼロって。まあしかしあれだな大量の魂ってのは生贄かなんかかな?)
「まさしくその通りじゃ。このまま人間だけの世界になればあの世界は滅んでしまう。せっかく作った世界が滅ぶのは儂も嫌での。」
(神様が直接出向けばいいんじゃないの?)
「儂が直接手を下すことができんから主に頼んでおるのじゃ。人間どもを滅ぼせとは言わん。あの世界のバランスを保ってほしいのじゃ。その為に主には勇者にも負けぬ能力を与える。どうじゃ?」
まあ、悪くない話だ。それにエリート坊ちゃん達の鼻をへし折るのも楽しそうだしな。
「うむ。では頼んだぞ。主に与えるのはこの剣じゃ。」
スッと差し出された剣は黒い刀身で禍々しい気を放っている。
(どう見ても俺が悪役に見える剣なんだが?)
「勇者の聖剣に対抗する剣じゃ。主な能力はスキルの吸収、魔物限定じゃがな。」
(おお、結構なチート武器じゃないか!)
「む。時間のようじゃ。他の能力もあるが説明できんな、主は勇者どもと違う場所に飛ばす。一年間は大事は起きぬだろう、力を蓄えろ。じゃあ任せたぞ?」
(おう!任せとけ!)
俺が力強く頷くと同時に、俺はまた意識を失った。
※
肌寒さを感じ俺は目が覚める。
「ここは?さっきのは夢?…いや、どうやら夢じゃないみたいだ。」
1人呟きながら自らの恰好を見る。服はスーツのまま靴も革靴のまま、しかしバッグが違った。初めての給料で奮発して買ったブランド物のバッグが小ぶりな布袋に変わっていた。そして、その横にある黒い刀身の剣、俺はその剣を手に取る。
【指紋認証完了。宮部ヒロ本人と確認。我がマスター以後よろしくお願いいたします。】
突如頭に響く女の声に驚き剣を落としそうになる。
【驚かせて申し訳ありませんマスター。ただ、このままここに留まるのは危険ですので移動を開始しましょう。その袋は神様からの贈り物で、マスターの知識から拝借するとアイテムボックスというものですね。】
俺は剣に言われた通り布袋を拾う。
「けど俺の知識っていうのは?」
【はい。最初の指紋認証の際にマスターの所有する知識は私にインプットされました。マスターの特技や趣味、性癖なども完全に把握済みです。】
「…へ~そうなんだ~。」
性癖は勘弁してほしかったな。俺は苦笑いしながら薄暗い森の中を進む。時折聞こえる獣の声かもわからない唸り声、風に吹かれざわめく木々たちに怯えながら前に進む。一時間程歩いただろうか、少しずつ木が減ってきている気がする。出口が近いのだろうか。俺の歩む速度が速くなる。
【危険です!マスター!】
剣のその声に俺は立ち止まる。ガサガサと木の陰から出てきたのは緑色の肌をした人型、恐らくゴブリンと呼ばれるものだろう。手には木の棒を持ち腰にはぼろい布を巻いている。背は低く130から140cmぐらいだろう。
【マスター!構えてください!】
いきなりのゴブリンの登場に俺は呆然と立ったままだった。剣に言われ俺は構える。ゴブリンはすでに戦闘態勢で、ギイギイとこちらを威嚇しながら近づいてくる。
「くそッ!こっちに来るな!」
俺は剣なんか握ったこともないし格闘技の心得なんてものもない、ただ闇雲に剣を振り回しゴブリンを牽制する。
【落ち着いて!マスター力を抜いてください。後は私に任せてください。】
俺は剣に言われた通り、力強く握っていた柄から力を抜く。それと同時に剣が勝手に正眼の構えを取る。当然俺の体もそれにつられ動く。
【マスター。先ほども言いましたが私にはマスターの知識が宿っています。漫画を参考に私が動きますので、マスターは決して私を放さないでください。】
「わ、わかった。」
俺は頷き前を見る。ゴブリンは棒を振り回しながらこちらに向かって来ている。こちらまであと3歩程というところで剣が動き出す。上段から剣を振りおろし、ゴブリンが持っていた棒は半分に切れている。そしてそのまま突きを出しゴブリンの体を貫いた。切れ味が凄いのだろう、特に手応えもなくアッサリトと刃が通った。
俺は貫いた剣を引く。それと同時に緑色の血が噴き出し、ゴブリンは地面へと倒れ伏した。
【お疲れ様ですマスター。今のゴブリンから体力UP小のスキルを得ました。】
え?ゴブリンもそんな能力あるんだ。これ結構なチートになるんじゃないか?
【さあマスター、死体をアイテムボックスに入れてください。】
ああ、と返事はするがどうすればいいかわからない。
【ラノベとかでは死体に手を当て収納と念じているみたいですが。】
言われた通りに俺は死体に手を当て収納と念じる。するとゴブリンの死体がスウッと消えていく。どうやら成功したみたいだ。取り出すのはどうするのか気になり布袋に手を突っ込む。
【どうやら収納したら勝手に解体するみたいですね。緑色の石と耳と牙がありますが出しますか?】
「いや今はいいや。にしても有難う。君のおかげで助かってるよ。」
【いえ。マスターをお助けするのが私の存在意義ですから。】
気が利く上に謙虚な性格だ、頭が上がらないな。
「そういえば君に名前はあるの?」
【いえ。私には名前はありませんので、よければマスターが名づけてもらえませんか】
「勿論。そうだなぁ、ネメアなんてどうかな?」
【いい名前ですね。ではこれよりネメアと名乗ります。よろしくお願いしますマスター。】
「ああ、こちらこそよろしくネメア。」
はたから見れば剣に話しかけている変な人間だが、今は周りに誰もいない。俺は気を取り直し再び歩き出す。薄暗い森が段々と明るくなっていく、そしてようやく俺は森から抜け出せた。