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即興小説

馬鹿みたいだね

作者: 音海佐弥

「即興小説」で執筆した作品の改稿版です。ちなみに猫派です。

2015/8/1 お題:犬の計算 制限時間:30分

 「子はかすがい」という言葉がある。子どもの存在は夫婦の仲をつなぎ止めてくれるものであるという、旧いことわざだ。

 僕の家の場合、子はかすがいになれなかった。口を開けば喧嘩ばかり。父は酒を飲んで暴力をふるい、母はヒステリックに泣き叫ぶ。僕は毎晩それを聞いていた。自分の部屋のベッドの上で、布団にくるまりながら聞いていた。異常を察した愛犬のハチがかすれた声で鳴くのを耳にして、馬鹿みたいだな、と僕は思った。なあハチ、人間って馬鹿みたいだね。くだらないことで言い争う彼らも、それを聞いてただ怯えることしかできない僕も——ほんとうに馬鹿みたいだね。

 ぐれる寸前だった。高校の悪い友達と悪いことばかりして、何度も警察のお世話になった。はじめは両親のどちらかがすぐに駆けつけてくれたけれど、しだいに彼らの顔に翳りが見えてきた。「またかよ」「もう勘弁してほしいわ」そんな表情だった。

 家庭裁判所の自販機のジュースは、あらかたの種類を飲み尽くした。「親権」という言葉も聞き飽きた。近所の大人に「かわいそうな子」という視線を向けられるのも、もううんざりだった。

 そんなときにハチがああなってしまったのは、偶然なんかじゃなかったんだろう。「こんなときに」と彼らは口にしたけれど、僕はそうは思えなかった。「こんなときだからこそ」——実際に両親の離婚の話はなくなって、五年経った今でもなんとかうまく続いている。

 なあハチ、これは君の計算だったのかい? かすがいになれなかった僕の代わりに、君が彼らの仲をつなぎ止めてくれたのかい?

「馬鹿みたいだね」

 僕はそうつぶやいた。そんな訳ないのに。ハチは僕らの都合なんて知らず、病気で死んだんだ。人間なんて身勝手で、気まぐれで、犬一匹の生命も救ってやれなくて。ほんとうに馬鹿みたいだね。

 ハチのお墓の前で、僕は静かに手を合わせた。ごめんね、ハチ、今までありがとう。百合の花がふわりと風に揺れた。僕はそれが、ハチの代わりに返事をくれたように見えた。


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