4話 オヤジ、Bダッシュ一丁
悪魔。特定の宗教文化に根ざした悪しき超自然的存在や、悪を象徴する超越的存在。神への敵対者として扱われることもある。
それがこの……さえないおっさん。
「ないわー。いや、ないわー……」
「えぇ!?ここって驚くとこじゃないのぉ!?ほら、なんてったって悪魔だよぉ!?恐怖や絶望の象徴!それが目の前にいるってのにさぁ!!」
とてもそうは見えない。目の前にいるのは言動も相まってただのうさんくさいおっさん。そうとしか見えないのだ。見た目も人間だし。
「まぁまぁ、いいじゃないかぁ。それで、決心はついたかなぁ?それとも僕が悪魔だって聞いて怖気づいちゃったぁ?」
「なにか裏があるなら自分から悪魔とか言わないだろ、多分。んじゃ、最後にもう一つ、…あんた、何歳だ?」
「あー、それだけは教えられないねぇ。というか、年齢なんて数えてないからわからないだけなんだけどねぇ」
そこでおっさん、改めてダンはふと思いついたような顔をする。
「そういえばだけど、時間は大丈夫なのかい?」
「時間?一体なんのことだ?」
「気づいてないかもだけど、ここってずっとこの明るさだからさぁ。外にでないと時間がわからないんだよねぇ。まあ僕は魔法で家の中の時計見ればわかるけどさぁ。あ、ちなみに今午前6時だからねぇ」
午前6時。確か昨日は木曜日、ということは今日は金曜日である。つまりは、大学の講義がある。つまりは、遅刻する可能性があるということである。……。
「それを早く言えええぇぇ!!」
そして、駆け出す。今日の講義は出席点が大きいタイプのもので、一回の遅刻はかなりの痛手なのである。遅れるわけにはいかない。
しかし 階段が なかった!
「ああ、階段はあの本棚をどかすとあるんだよぉ。いま出してあげるねぇ」
ダンが本棚に手をかざすと、それは音も立てずにスライドしていった。そして階段が出現するが感心している場合ではない。急がなければ。
「それで、魔法を継いでくれるのかい?継がないのかい?」
「ごめん、ちょっとその話後にしてくれ。急いでるんだ」
「んー、急いでるのはいいんだけどさぁ、その階段、上はちょっとしたダンジョンだよぉ?魔法を継いでいなければ危ないことは起きないようになってるけど、結構迷うよぉ?」
ダンジョンとは迷宮のことだ。性格とか意地とかその他もろもろが悪くて頭のネジが数十本ほど吹っ飛んでいる魔法使いが自分の住処に仕掛けを施して侵入者を排除しようとしたものが起源だと簡単な説明をされた。それが今、この階段の先にあるらしい。にしても酷い言いようだな、ダンジョンになにか恨みでもあるのか?
「だから魔法を継いでから行ったほうがいいと思うんだよねぇ。継いだ分一部の仕掛けが作動することになるけど体力面とかが一番問題になるだろうしぃ。あと、僕を持って行ってくれればナビゲートだってできちゃうよぉ?」
こいつ……最後の最後で地味な脅しかけてきやがった。しかも本人は気づいてないとか天然にもほどがある。さすが悪魔、きたない。
「お前を持っていくことだけはできないのか?」
「それはちょっと無理だねぇ。継いだ者でないと書庫の物を外に持ち出せないような結界があるんだよぉ。さすがに泥棒対策はしてあるからねぇ」
ここまで言われるとどうしようもない。本当にどうしようもないのだから仕方ない。
「あー、わかったよ!継げばいいんだろ継げば!」
理由が大学の単位という、なんとも恰好のつかないものではあるが元々そのつもりではあったのでしぶしぶ承諾する。すると彼は子供のような笑顔で喜んだ。なぜか少しウザい。
「おぉ!本当かい本当かい!嬉しいねえ嬉しいねえ!じゃあ早速始めちゃってもいいかい?」
「さっさと頼むよ。じゃないと意味がないし」
そう言うとダンは例の宝石に指を当て、そして、消えてしまった。
「さあさあ!僕を手に取って額に当ててごらんよぉ!」
声は宝石から聞こえてきた。なんとも不思議な感覚である。言われた通りに宝石を自分の額に当てる。
「へぇ、すごいねぇ。とても魔力が通しやすい体だよぉ。まるで魔力を通すための筒が頭にあるみたいだぁ。それじゃあ、いくよぉ」
その瞬間、体中に電気が走ったような感覚に襲われる。結構痛い。痛くないって言ってなかったか?あいつ、あとで覚えておけよ。
「…終わったよ」
思っていたより早く終わった。継承の儀とかいろいろさせられるかと思ったのだが、そんなことはないのか。そして気づいたが、彼の声の様子が少しおかしかった。あの少し鼻につく語尾がないのだ。一体なんなのだろうか。
「……フフフ、まんまとひっかかってくれちゃってまあ」
なんだと…?
「君は今僕の力だけでなく精神までとりこんだ!そして僕は君を支配して第2生を送るのさ!」
冷や汗がどっと出るとともに、後悔の波が連続で押し寄せる。自分はなんと取り返しのつかないことをしてしまったのか。声や見た目で判断するべきではなかった。やはり悪魔なのだ。もっと慎重に物事を運んで…
「なーんてぇねぇ、うっそーん!ねぇねぇ驚いたぁ!?ねぇねぇ今どんなきもちぃ!?」
…とりあえず宝石を砕くつもりで握りしめた。
「あぁいたいっ!いたいぃ!!砕けちゃう、砕けちゃうってぇ!!」
宝石と神経が繋がってるのか。これは重要だ。覚えておこう。
というわけで。はじめてのダンジョン(制限時間付き)である。まだ魔法の扱い方すら習っていないというのにこの仕打ちはどうかと思う。書庫からでる時に指示された本を一冊持っているが、これこそがダンジョンの攻略本らしい。先ほどはナビゲートすると言っていたのに今のところは紙媒体を渡されただけ。本当に大丈夫なのだろうか。
「大丈夫!ダン先生の攻略本だよ?」
「その言い方めちゃくちゃ不安になるからやめろ!」
愚痴を言ってもしょうがないので、黙々と階段を上る。そこでふと気づいたことがある。
「そういえば疲れがこないな」
ダンジョンへの道、石造りの階段を結構なペースでもう数百段は上っているというのにまったく息が上がらないことに素直に驚く。
「魔力が上がると身体能力も上がっていくのさぁ。きっとそのせいだねぇ」
そういうものなのか。そして、同時に魔法を継いでいなかったらと思うと戦慄する。かの有名な百段階段の何倍もあるこれを通常の体で上るなんて、考えるだけでも寒気がする。これだけでも魔法を継いでよかったと思えてしまうあたり、結果的にあの天然ダンの思い通りになっている気がして癪に障る。
「お、見えたよぉ。第一階層だねぇ」
おい今第一階層、といったな。つまり二や三もあるということか。本当に間に合うかなあ。
第一階層 ~ぼーなすすてーじ!~
俺は決してふざけてはいない。だってそう書いてあるのだ。
「…あれなに」
「なにって、ダンジョンの入り口さぁ。見てわからないかい?」
いやそうじゃない。そうじゃないんだ。確かにあれはダンジョンの入り口ではあるが。その上に架かっている看板に書いてあることがさ…。もういいや。とりあえず、攻略本攻略本。
俺はダンジョンの攻略本を開いた。まず最初の一ページ目にでかでかと書かれていたのが
ちゅーとりある!はぢめてのだんじょん!きみもだんじょんをくりあしてはがねのにくたいとこころをみにつけよう!はぢめてじゃなかったらごめんね!
………ああ。ああ、確かに鍛えられそうだ。少なくとも何事にも動じない鋼の心は手に入りそうだ。いろんな意味で、な。