2話 シャイニング・アンクル
「させるかあっ!」
意識を失いかけて倒れていく俺を幽霊おじさんが右腕で受け止める。触ること、できるんだ。
「目を覚ますのずっと待ってたっていうのにちょっとそれひどくなぁーい!?こうなったらなにがなんでも起きてもらうからねぇー!」
と意気込んだ幽霊おじさんがなにかを呟きながら俺を抱き留めていないほうの左手を掲げる。すると左手が眩しいほどの発光をはじめた。幽霊おじさん改め発光おじさんはその手で俺の頭を包み込んだ。
とたんに失われつつあった意識が再び覚醒を迎える。なにをされたのかはわからない。わからないが、体が動くならばやるべきことは一つ。
「毎夜毎夜うるせえんだよこの駄霊がぁ!!」
「ッ!?」
抱きかかえられた状態から渾身の右ストレートを放つ。絶妙すぎる位置にあった標的の顔に、その拳は見事に吸い込まれていった。支えられていた右手の補助がなくなり地面に打ち付けられてしまうが、やるべきことはやった。少し頭が痛むが、大満足な結果だ。
「いやいや、なんで達成感すごそーな顔で頷いてるわけぇ!?そんなにあれ嫌だったのぉ!?」
「ほう、やっぱりあれはお前の仕業なのか。ようやく一矢報いることができたわ」
「というか君、肝座りすぎじゃない!?いや、さっきのに鎮静作用も入れたのがいけなかったのかぁ…?それにしても効きすぎじゃあないかぁ…?」
さて、なにかぶつぶつ言っているが先ほどの光は一体なんだったのだろうか。まあ、触れる幽霊ならやりようはいくらでもある。だが警戒するに越したことはないので相手の出方を待つことにする。
「まったく、せっかく魔法使ってまで治してあげたっていうのに急に殴るなんて酷いよぉ、この鬼!悪魔!どっちかっていうと鬼ぃ!!」
大変お怒りの様子なのでそのまま放置してみたが、彼の罵詈雑言は留まる事を知らずついには子供の喧嘩レベルの悪口にまで退化していた。この見た目でその言葉はないわ、というものまである。このままでは終わりそうにないので気になったことを質問してみた。
「魔法?今魔法って言わなかったか?」
「何度だっていってやるよぉあぁーほう!アーホってあ、魔法?魔法のことぉ?」
少しウザいが話が進まないので目を瞑ることにする。
「そうそう、魔法。さっき手が光ってたのって本当に魔法なのか?」
魔法とは。常人には不可能である手法、結果を実現してしまう不可視の力のことである。メルヘンやおとぎ話、神話でおなじみの科学では説明できない不可思議なる力。もちろんそれはフィクションの世界のみの存在であり、現実には存在しないものだ。だが、彼はあれを魔法だと主張した。
いや、そもそも彼の存在自体がおかしい。実体のある、しかも幽霊なんていうトンデモ設定だ。さらには、明かりがないにもかかわらず明るいこの部屋。それ自体が魔法という不確定な存在を決定づけるのにふさわしいのではないだろうか。質問の答えがすぐには返ってこないので、少々物思いに耽っていたら。
「ふ、ふふふぅ」
なんだ不気味に笑い出して。不気味というよりは気持ち悪いが。
「そぉーうだよねぇー。おとこのこだもんねぇー?魔法とかそういうの気になっちゃうよねぇー?」
ニヤニヤしながら言う姿が非常にウザい。確かに魔法なんてものでてきたら興奮してしまうが、それは仕方ない。趣味のせいもあるし、なにより彼の言う通り俺だって男なのだから。それにしてもウザい。もう一発殴ってしまおうか。
「あ、わかったから、わかったから説明するからやめよぉ?それ結構痛いからぁ!」
仕方ないので振り上げた拳を下に降ろす。それを見て安堵したのか彼は語り始めた。
「まずはさっきのだけど、安らぎの手っていうれっきとした魔法だねぇ」
「安らぎの手、ねえ…」
「うんうん。まあ、君くらいの年齢の人にわかりやすくいうと、回復魔法って感じ?手をあてた人の精神的負荷を取り除く効果があるんだけどさぁ」
と、得意気に話した彼は一転。
「いや、そうじゃなくてね、そうじゃないんだ」
一呼吸置いて。
「すっごい急なんだけどさぁ…」
「…なにが?」
彼はこう言った。
「僕の魔法、継いでくれないかなぁ?」
…。
……。
「いや、さすがに急すぎるだろ」
「だよねぇ…ま、そこ座りなよ」
勧められたのは先ほどのアンティークチックなイス。イスが一つしかないので彼はどこに座るのだろうと思ったが、浮いているので大丈夫なのか。言われた通りイスに着くと彼はまたぽつぽつと語り始めた。
「うーん…まずはどこから話せばいいのかねぇ……一応、魔法が存在するってことはおーけー?」
「ああ、信じないことには始まらないだろうし、とりあえずは」
「うんうん、そのあたりは現代っ子らしくて実にいいねえ。いろいろ説明が省けて助かるよ。さて」
また一呼吸置き、
「……なにから、聞きたいかね?」
これは…そういうことなのか?
「お前、もしかしてなんにも考えてなかっただろ」
「…………ばれた?」
とりあえず一発殴っておいた。
「さて、こちらの聞きたいこともまとまってきたので聞かせてもらおう」
「いいよいいよぉ。なんでも言ってごらんなよぉ」
なにも考えてない癖に。行き当たりばったりな魔法使いってどうなんだ。一瞬で敵に近づかれてやられてしまいそうではあるが。
「まず、どうして呻き声なんて出して嫌がらせした?この部屋を見つけてもらうことが目的だとしても少し性格悪くないか?」
「へぇ、君にはあれが呻き声に聞こえたんだねぇ。あれもれっきとした魔法なんだけどさぁ。テラーって言って、対象を怖がらせる魔法なんだけどねぇ。人によって聞こえ方が違うのさ。それを軽めに、ね」
テラー、か。ゲームでいうところの状態異常系の魔法でいいのだろうか。効果は相手を恐慌状態や混乱状態に陥らせ戦力低下を招くといったところ。今回は用途が違うが。
「で、理由は?」
「だってさぁ、結局はなにしても多分怖がられるじゃん?それどころか直接会いに行ったら話す暇もなく逃げられちゃうかもじゃーん?だったら試すのも兼ねてこれでいいかなーってねぇ。こんな場所に連れてこられたら嫌でも聞くしかないしねぇ」
まあ、一理はあるが。…あるのか?とりあえずは次の質問に移るとしよう。
「次に、それでもし怖がってこの家の契約を解除された場合どうするつもりだったんだ?」
「ああ、それは心配いらないよぉ。この家には魔法がかけてあったからねぇ」
家に魔法だと…?もしかして、契約を解除しようとすると発動して相手を殺す魔法とか。わりと物騒なものばかり思い浮かぶ。
「ああ、そんな大層なものじゃないよぉ。ちょーっとだけ、魅了の魔法をかけておいたのさぁ」
魅了か。たしかに思い当たる節はある。俺がこの家を発見した時のことだ。なぜか家を見た時、俺の心は高鳴った。たかが家ひとつ見ただけで胸の高まりが抑えきれなかったのだ。恋する乙女の気持ちとはこういうものなのかと思い知らされたが、あいにく俺は男だし、相手は家だ。ただの異常者である。
「で、その魔法のせいで出ていく気は起きない、と」
「うんうん、物分りが良くて助かるよぉ。賢い子は好きだよぉ」
おっさんに好かれたところで何一つ嬉しくはないが。
「それって例えば老人に効果を発揮すると、どうなるんだ?自分の魔法を継がせるのが最終目的とすると、寿命の残り少ない人に継がせても意味ないと思うんだけど」
「それは心配いらないさぁ。あの魔法が効果を及ぼすのは魂の動きが活発な若者のみ。それも、どーせ適正のある者にしか効かないからねぇ」
「適正?魔法を継ぐことに関して適正とかあるのか?」
「うんうん、人間には魔法に適正のある者とない者がいてねぇ。適正のある者は気づいていないだけで魔法を使うための力、まあ、解りやすく言うと魔力、それが微量ながら備わっているのさぁ」
ほんとに微量だけどねぇ、と彼は付け加えた。魔法を使うための力、すなわち魔力。それが、俺には最初から備わっているというのか?
「まあ、適正のある人間なんて結構いるんだけどねぇ。結構って言っても一万人に一人くらいだけどぉ」
一万人に一人って言われると結構いる気がするな。実際はとても見つかりにくいものなんだろうが。
「加えて、精神に干渉する魔法ってのは魔力を持つ者にしか効かないからねぇ。対象の持つ魔力自体を揺さぶるのさぁ。この前君の友人にテラーが効かなかったのもそういうわけだねぇ」
なるほど。そう言われると納得できる。そして俺が選ばれて、今に至ると。
「だいたいわかった。じゃあ次の質問に移っていいか?」
「どうぞどうぞ。さあ次はなにをきいてくれるのかなぁ?」
では聞かせてもらおう。
「お前は一体何者だ。どうして自分の魔法の継承者を探している?」