(2)
――さらに一日がたった。
「届いた?」
「まだ」
「まだぁーあ? ウソぉーお?」
「あ、でもね。変なメールは届いてた」
「変なって……ヤバイ系?」
「違う。遅延メールだって。お店が忙しいからもう少し発送を待ってくれって内容だった」
「もう少しって……いつまでだよ?」
「そこまでは書かれていなかったけど」
俺は家に帰って遅延メールについて調べてみた。
……あ、なるほど。こいつだな。しかもけっこう有名らしいし。駿河ではたいていどんなものを買ってもこの遅延メールってのは届くらしい。
『お世話になっております。誠に申し訳ございません。本日お客様のご注文をお受付をさせていただきましたが、一部のお客様に遅延が発生している状態となっており、お客様のご注文を本日出荷する事が出来ませんでした。お詫び申し上げます。
中古商品をご注文頂きましたお客様で状態に不備がございます場合はお見積りメールを送信させていただきますので今しばらくお待ち下さいます様お願い申し上げます。不備がございません場合は出荷作業完了後発送となります。
この度は、駿河屋をご利用いただき誠にありがとうございます。何卒よろしくお願い申し上げます』
まあ、気長に待つしかないわな。しかし一部のお客様か……すべてのお客さんじゃねーんだな。こいつが届くということは順調に発送の準備をしているってことだ。逆に安心できるとも考えられる。
――そして、さらに一日がたった。
「えっと、今日は?」
学校に着くと、まずみほに駿河屋の発送状況を聞くことがデフォになりつつあった。
こんなに毎日がハラハラするのは久しぶりだ。やってくれるぜ、駿河屋。
「昨日の夜にね、発送したってメールが来てた」
「メールはまめにするんだな。……しかし、長かった。注文して五日ほどたったか? でもようやく明日、届くんだな。行っていい?」
「もちろん!」
というわけで後日、俺は、みほの家に来ていた。
「いらっしゃい、待ってたわよ。さっ、入って!」
「おう。お邪魔するぜ」
みほの部屋にはダンボールの箱が一つ床に置いてあった。
「これが例の商品か」
「うん、そうよ」
中も開けずに俺と一緒に開封するのを待っていてくれたようだ。……ん? 箱のデザインがオリジナルのものだな。さすが駿河屋、やってくれる。
でもなんでこんな謎キャラなんだ? 音楽家みたいな感じだけど、日本語で「うむ!」とか「貴殿の御利用」とか書いているんだもんな。日本人か?
まあこんな些細なことはどうでもいい。中身だ。中身はどうなっている?
「開けて、修一」
「俺が開けてもいいのか?」
「いいよ」
おぉ、妙にドキドキしやがるな。同じサッカーゲームばっかり五十本入っていたらどうしよう。それでも一応五十本は五十本。文句は言えない。ひどい店ならやりそうだ。
駿河屋はそんな店でないと信じたい。……南無三!
――ビリッ!
ガムテープを引っ張る。まずはプチプチ。そして……。
「おぉ、本当に五十本……本体。本体、裸だけど……入ってあった!」
「わ、これすごいんじゃない? マジで五十本?」
中には限定とか初回のごっつい箱に入っているものもあった。そういうのは特典でなにかオマケが付いている。
「うお、おっ! これは期待できそうだ。一本ずつ見ていこう!」
背表紙だけじゃあイメージしにくいからな。俺は一本ずつみほにも見えるようにして五十本見ていった。
最後に本体。裸だったが、縦置きのスタンド、ケーブル一式、コントロール、メモリーカードなど確かに入っている。残念ながら型番は古いものだった。こればっかりは仕方ないか。
「すっげぇボリュームだな。これが五十本か……。二十五本、ここから選ぶわけだが目移りするな」
俺が好きなゲームを先に二十五本選ぶと、みほにはサッカーとか無双系、ガンダム系ばかりになるので、一つずつ欲しいものを選んでいった。そうするとバランスよくソフトが行き渡るはず。
――二十分後。
「これで一応二十五本ずつに分けられたな。……はい、これ。三千八百円。悪いな、三千八百円で二十五本もゲームソフトもらっちまって。計算すると一本百五十円ぐらいか?」
「ううん、わたしこそ八千円で本体とソフト二十五本も取っちゃって……」
「なんだか、二人とも得した感じ?」
「うん……」
「幸せ……だな」
買い物一つでこんなに幸せな気持ちになるのか。昨日までは発送が遅くてハラハラしていたのにな。商品が到着するとそんなことも忘れてしまう。待ったかいは十分にあった。駿河屋……すごい店だ。
「本体も届いたことだしさ、コフやらない?」
「あぁ、やる。……こいつのおかげか。こいつでゲームしていて調子が悪くなったんだからな。あのとき、このゲームをしていなかったら俺たちは駿河屋って店を知らないまま過ごしていたんだな。運命だよな、これって」
「……あ、あれ? ん?」
みほがなにやらもたついている。本体は初期のやつだ。みほの今まで使っていたものと使い勝手が違うのか?
「みほ……どうした?」
「いや、あのね。これ……うまくいかないの。ゲーム画面に」
「ウソ? マジで? ちょっと貸してみ」
ディスクが読み込めないな。あ、あれ?
何回ディスクを入れ直しても読み込むことはできない。結局、コフはできなかった。
2 中古本体を買うリスク
マジで?
そういうオチかよ。できないのかよ。
「あ……あの」
なんて、みほに声をかけたらいい?
みほは黙ってプレイステーション2の本体をじっと見つめている。かなり気まずい感じ。
「あ……あー、クレームの電話入れるか? なんなら俺がしてやろうか?」
「いや……あり得ないから」
実際、今あり得ているだろう。それを認めたくない気持ちはわかるけどな。
「あ! わかった!」
途端に声が明るくなる。なんだ、どうした? もしかしてコンセント差していなかったとかか?
「やだ、わたしったら。初めからソフトのほうが壊れていたんだわ」
なるほど、その可能性はあった。だとすると駿河屋は悪くない。しかし……。
「じゃ、じゃあ他のソフトで試すか? もしそれでゲーム画面が映ったら壊れているのはソフト……」
「もちろん。ごめんなさいね、駿河屋さん。わたし、もう少しでとんだ疑いをするところだったわ」
俺は今でもしてるよ。だって初期型すぎるだろ、このプレイステーション2本体。
中古購入って、こういうリスクがあるからな。でも、もう新品で販売をすることがなくなった今、プレイステーション2本体を買うのに中古のリスクは避けて通れない。なんという恐ろしい時代になったものだ。
半分……いや、それ以上諦めていたが、なんとか本体が正常に動くことを祈った。これで起動しなければみほがあまりにもかわいそすぎる。この店を見つけた俺にも責任を感じる。頼……む。
ガチャッ……ウッ、ググ……ウーン。
すでに音がまずい?
明らかに壊れているだろう。結果は本体が壊れていた。中古販売で最もしてはいけないことだ。終わった……。
「やっぱり電話しよう、な?」
「……でもそれを証明するには?」
「ゲーム機を買って動かなかったのは事実だ。俺たちに非はない。だったらありのまま話すべきだ。動かなかったって」
「いや……認めたくない。それに面倒くさい」
「面倒?」
「だって普通に発送するのにも五日かかるお店なのよ。そんなところ、まともにクレーム対応してくれると思う?」
確かに……元はと言えば、買取のときに起動チェックはしているはずだ。まさかそれすらしていないのか?
それとも、こんなこと考えたくないが動かないことを知っていて販売した?
ワ、ワケがわからない。この店、普通じゃない。
「壊れているものをわかってて売る店がこの世にあるとは思えない。そう、接触が悪いんだ。少し手を加えたらきっと正常に動く。だろ?」
俺はネットでプレイステーション2を家でできる簡単な修理方法があるかどうか調べた。……すると、あったんだ。
なんでも情報が手に入る時代だなぁ、おい。どれ、参考になるか?
「修一ぃ、わかった? 修理方法」
「やっぱりまずはレンズクリーナーだな。俺、買ってくるよ」
「それ、お金かかるんでしょ? 千二百八十円……」
「俺は持っていないが、オヤジが持ってたはず。ちょっと家に戻って取ってくる。部屋で待ってて」
と言って、俺はみほの家を出た。……本当はオヤジがレンズクリーナーなんて持っているわけがなかった。
近所のレンタルショップでレンズクリーナーが売っている。
自腹だが仕方ない。みほの悲しむ顔は見たくなかった。千二百八十円で問題が解決するなら安いものだ。
――だが、軽いジャブ。
アマゾンはやはり安かった。レンタルショップならレンズクリーナーが千九百八十円もした。
……今月は昼食のパンを一つ減らそう。ちくしょう。
レンズクリーナーを購入して、すぐにみほの家に戻る。途中で値札ははがしてやったぜ。
「すまん、みほ! 遅くなった」
「……おかえり。いや、そんなに待ってないよ?」
「じゃあさっそくやってみよう。……えっと、なになに? ディスクの上に付属の液を垂らし、入れるだけ? あぁ、確かこんなだったな」
過去に一度やったことがある。そのときは直らなかったわけだが、今回は直ってほしい。いざ……!
音楽が流れた。それにアナウンスみたいなもの。
今、クリーニングしています、だって……。おっと、十秒ぐらいで終わったし。これでマジで直ってるのだろうか?
「早……でも、使い方は間違ってない。これで合ってる。直っているはずだ」
ゲームソフトを入れて起動させる。
頼む……直っていてくれよ!
――しかし、途中で止まった。特に改善した様子はなにも見られない。千九百八十円が……。
「いや、待てよ。まだ方法があるはず……この部屋にパソコンあったよな?」
「えぇ、あるけど」
「やりっ。ちょっと使わせてくれ。マジで本格的に調べる。……うん、やっぱりな。さっきの修理サイトに続きが書いてあった。レンズクリーナーをしても直らなかった場合、レンズに直接、クリーニング液を染み込ませた綿棒で磨くそうだ。……あ。でも、それをするには本体を分解しなくちゃいけない。どうする?」
こんな大掛かりなことになっちまうなんてな。本来なら今頃、二人でコフを楽しんでいるというのに。届いた本体が壊れているというばっかりに……。
みほは少し考えてこう言った。
「うん、やってちょうだい!」
「でも、いいのか? 分解するんだぞ? もしかしたらよけいに悪化するかもしれない。それでいいのか?」
「どうせ……壊れているんだから」
確かにそうだ。ゲームができないのなら、故障小でも故障大でもそうは変わらない。ようはゲームができるかだ。
「わかった……俺も腹をくくる。もし分解してゲームができなかったら俺も費用を半分負担する。つまり、一万千八百円の半分。三千八百円はすでに払っているから……あと二千百円追加する」
「ごめん、ね……」
「あぁ、俺も責任を感じているんだ。こうなったらとことんやろう。この本体は俺とお前だ。お前一人にばかり負担はかけない。……で、すまないがドライバーも貸してくれ。プラスでもマイナスでもいい。できるだけ小さいやつ……分解するときに使う。一つぐらいだったら家にあるだろ?」
「うん、探してみる」
みほは部屋を出て、ほんの一分ぐらいで戻ってきた。手には簡単なドライバーセットを持っていた。
「サンキュ。これで道具は揃った」
「それ、レンズクリーナー……新品みたいね」
「ああ……なんか一度も使ってなかったみたいだ。あとでオヤジに礼を言っとくよ」
買ったなんて、みほに気を遣わせたくないからな。
部屋に置いてあるパソコンを起動。パソコンを机の上に置き、ドライバーを持った。
「どれ、こんなの分解するなんて初めてだ。なに? すべり止めのゴムをめくるとネジが見えるだって? そうなの? 全然知らなかったんだけど」
いい勉強になる。俺も前に本体が壊れてしまったとき、捨てずにここまで粘ったらよかったな。探究心は大切だ。そこからなにかを学ぶことができる。気分はまるで修理屋……よっと! よし、ネジ全部取ったぞ。これでフタが取れるな。
――バリッ。
へぇ! 中身はこんなになってんだ。……すげぇな。メカ好きならたまんねぇよ。
やることは簡単だ。レンズを磨くだけ。だが、レンズにたどり着くまでが少し遠い。もう一つフタをはずさなければならない。もう二十本近くのネジを取った。なくさないようにネジを広いスペースにきれいに並べた。……そしてとうとうレンズにご対面。長かった。
あとは綿棒で磨くだけ。超カンタン!
これで処置はすべて終わった。最後にフタを閉めて、さっきまでしたことの逆。丁寧にネジをつけること。
「直ったかな……修一?」
「直った……って思うしかねぇな。そうじゃなかったらレンズクリーナー買って、分解までした意味がねぇ」
「買ったって……買ったの?」
「あ? ……肩凝ったって言っただけだ。買うわけねーだろw」
「だよね……ありがとう」
む、ちょっとドキってしてしまった。やっぱり素だと、かわいいんだよな、みほの奴。
さあ、これで完全に形は修理前だ。よし、ではいざ試してみよう。これで直っているのか? 直っていると信じたい。
さっそく電源を入れて確認。
直っていてくれ。映れ、映れ、画面に映れ!
――だが、結局映ることはなかった。
その後、みほが初めに持っていたプレイステーション2に普通にレンズクリーナーをかけてみたら、たまに画面が止まるものの、その頻度は少なく、セーブの必要のない格ゲーだったら特に困ったことはなさそうだ。
駿河屋で購入したプレイステーション2は封印。押入れに閉じ込めているようだ。
本体はまだ壊れたままなので約束通り、半分の金を払おうとしたが、みほはそれは受け取らないと言った。
本人がいらないって言ってるんだからいいか。それに、いい顔してるしな。別に本体が壊れていたって落ち込んでいる様子はなかった。結果オーライってか? いや、でも許せねぇ、駿河屋! 結局は壊れた本体販売してんじゃんよ。