(1)
第一章 駿河屋
1 駿河屋を知る
「修一ぃ!」
二限目か三限目の休み時間、高市みほが俺の席にやってきてこう言った。
「昨日、コフのコンボ、徹夜で練習したんだ。放課後、ちょっと付き合ってよ」
「あぁ……いいよ。テキトーに行くわ」
また俺は机に突っ伏して寝た。
みほは俺の幼なじみで、今でもこうしてたまにお互いの家を行き来していた。……しかし、コフだと?
コフ――ザ・キング・オブ・ファイターズを略してKOFと呼ぶのだが、こいつはさらに略してコフと呼んでいた。もう暗号みたいになっている。ツッコミどころはそれだけじゃない。高校二年生にもなって徹夜でコンボ(連続技)練習なんてするか? しかも2D格闘ゲームだぞ。今どきレアすぎるぜ。
それをさらっと言うところもなんだかなぁ……。かわいい顔してんだけど、こいつのことをよく知ると変な奴だって誰でもわかるから、未だ彼氏の一人もできていない。
――放課後、俺は本屋で少し時間を潰してからみほの家に寄った。本屋に寄った理由はみほと一緒に下校することが恥ずかしかったし、俺が先に着いても気まずいからだ。
ピンポーン……。
『修一? 入って、ドア開いてるからー』
「ウース」
家のおじさんやおばさんも小学生の頃から顔なじみだ。フリーパスで通れる。
みほは一人娘だった。勉強やスポーツもそれなりにこなし、特にこれといって目立った点はない。ゲームの天才でもなかった。
みほの部屋に入って、俺たちはコフを始めた。
……そして一時間ほどたったときだろうか。二人の戦歴はほぼ互角。そろそろ最後の勝負をして決着をつけようとした。
「あ! あれっ?」
「うお……なんじゃこりゃ?」
いいところでゲームの画面が止まってしまった。
「うっそぉー! 今、ここ一番で盛り上がってたところだったのにー!」
「あーあ、最後興ざめ。……仕方ねぇ。もう一度、電源入れ直すか」
気を取り直して再度勝負……のはずだった。
今度はディスクを読み込むことすらしない。もしかしてゲーム機、完全に壊れた?
「昨日は六時間ぐらいぶっ通しでやってもなにも問題なかったのにー!」
「……うん、それが原因だな」
本体は今更のプレイステーション2。まあ寿命と言ってしまえば、寿命だ。プレイステーション2の本体はもう生産していない。
どこのゲーム取り扱い店に行ってもプレイステーション3しか売っていない。だが、今やっているコフのゲームはプレイステーション2でしかできなかった。
「買い直すしかねーな。中古で」
「中古ぉ? ……うーん、それしかないよねぇ。ディスククリーナーとかで直らないかな?」
「持ってるの? 持っているんだったら試してみたら?」
「ない……それも買わなきゃ」
「ちょっと待って……千二百八十円。アマゾンで」
俺はケータイで調べて市場価格を伝える。
「う……高っ」
「俺もプレイステーション2の調子が悪いとき、これやったけどさぁ。直んなかったぞ。腹立ったからゲーム機もディスククリーナーも捨てたけど」
「じゃあ寿命? もうできない? コフ……」
「ちょっと待て。そっちのほうも調べてやる……一万二千円ぐらいだな。高いな」
「もっと前は八千円ぐらいで買えなかったっけ? なんで新しい機種が発売されているのに、プレイステーション2が高くなるのよ?」
「だから生産中止になったからだろ。プレミアがついてんだよ」
「えぇー? じゃあますます絶望的ー!」
「どっかで安く売ってないかな……」
さっきはアマゾンで検索してみた。それ以外のところだとどんなもんだ。ヤフオクなんかじゃあ安く手に入るかも。
「……八千円。で、買える」
「薄型?」
「いや、初期のやつだな。しかも箱説なしだ」
どれだけ上がっているんだ。こんなことならもっと早く買っておくべきだった。
「薄型だと一万は絶対超える。……見ろ、入札中ですでに一万五千円を超えている。落札額はきっと二万近くにまで上がるぜ」
「もうコフ、できないのかなぁ~」
悲しい顔を見せるみほ。なんとか力になってやりたいんだが……。
「まあ待てって。世の中は広い。一つぐらい安く買える店があるってもんだ」
俺は自分で口にした言葉を信じて、検索をしまくる。――が、やはりないか。世の中は狭いなと、思ったときだ。
ふと、『PS2本体&メモリーカード&ソフト五十本セット』の表示を見つける。
「えっ、なにこれ? ソフト五十本付き? マジ?」
「……どうしたの、修一」
「いや、俺の見間違いか。本体とソフト五十本セットってなんだよ。本体だけでも一万はする時代だぞ。こんなのセットにしたら二万とか、三万とか……ウソぉ?」
価格を見てたまげた。一万千八百円なのだ。
「これ、安っ……! ぶっちゃけソフト五十本がタダでもらえるぐらい? 今の相場だったら?」
一人テンションが上がってしまい、みほにジト目をされる。俺はその販売ページが映った状態で、みほにケータイを向けた。
「過去の話?」
「違う。俺も初めはそう思った。だが、違う。……カートに入れるカゴがある。だから、今でも買える。きっと」
「……これ、買っちゃおうか?」
「うん……買おう」
というわけで買うことになった。
一万千八百円をすべてみほが負担するのはお財布的に厳しい。なので、俺が五十本のソフトから二十五本(半分)を取ることで、三千八百円をみほに渡す約束をした。これでみほの負担は八千円になった。
「二十五本も新しいソフトが手に入るんだ。嬉しいっ!」
「一本五百円で計算しても二十五本で一万二千五百円だもんな。あり得ねーよ」
ちなみに五十本のソフトはなんなのかわからない。運任せだった。
「この店、なんていうんだ? 面白すぎるだろ、安いし」
サイトを確認。……あった。駿河屋。
「『するがや』って読んだらいいんだよな。駿河屋か……」
「ちょっと変わった店ね」
「あぁ……」
俺たちはこの『PS2本体&メモリーカード&ソフト五十本セット』を購入。
ネットで物を買うのは久しぶりだ。銀行振込や代引きを使った場合、手数料を取られるのでみほの父親のクレジットカードで買った。
翌日、学校で――。
「いつ到着だったっけ?」
昼休み、俺はみほと話していた。話題はやはり駿河屋。ソフトの五十本が気になりすぎた。
できればいいものが入っていてほしい。サッカーばっかりとかだったら嫌だぞ。
「普通、アマゾンだったら注文して二日ぐらいで商品が届くよね。メール便とかじゃなかったら」
「早かったら翌日な。……もし駿河屋がアマゾンと同じぐらいの対応スピードを持っていたとしたら到着は二日後前後ってことか」
「だよね。そうなると思う。……修一、今からそわそわしてるんでしょ? 五十本の中身が」
「そりゃあそうだよ。こんなにまとめてゲームを買ったことなんて今までなかったからな。せいぜい二本ってとこだ。楽しみすぎるだろ」
「実はわたしもなんだ。想像つかないよね。五十本」
「これじゃあろくに寝ることもできないな。明日にはぜひ届いてほしいもんだ」
――翌日、俺は学校でみほに言った。
「よう、届いた?」
「いや、まだだけど」
「そっか。もしかしたら昼とかに届くかもな」
「だといいんだけど……一応、お母さんには品物が届いたときにメールしてくれるよう頼んだわ」
昼休み、俺はみほにまた商品が届いたか聞いてみたが、残念ながら届いていないらしい。
さらに一日がたった。
「今日はどう? 届いた?」
「まだ。……ちょっと遅いよね」
「安すぎたからなぁ。もしかしたら表示価格が間違っていたとか?」
「まさかぁ。……あるかも」
「もうしばらく様子を見てみるか。安いからな、それぐらいは我慢しょう」
「うん」